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2026年11月05日
【コミュニケーションデザイン領域】「FARM VALUE」のその先へ。修了生 乾由佳さんがもう一度学びなおす、コミュニケーションデザインのいま。
乾さんは、機械メーカーでグローバルでのブランドマネジメントをしながら、本領域ではコミュニケーションデザインを学び、農業への深い造詣をもとに、農作物が食卓に届くまでの見えにくい手間ひまを「FARM VALUE」という新しい価値として捉え直し、修士研究をまとめられました。


農業の現場をリサーチする乾由佳さん
乾さんの研究が題材にしたのは、収穫までの重労働と日数、習得に数年かかる栽培の技術、年間総水使用量の7割を占める農業用水など、消費者の目にはほとんど届かない農業の「手間ひま」でした。食材やカロリーの代わりに、米は120日、アスパラガスは1000日といった、育つまでの「手間ひま」を数字にし「1280日のグリル」「550ℓのマリネ」「41.8℃のサラダ」など七品のメニューを考案されました。
この企画、最初はお弁当から始まっていたことをご存じの方は少ないでしょう。「760日弁当」というかたちでスタートした構想が、実在のフレンチレストランの協力を得て7品のメニューを実装し、食べる人に野菜の背景にある時間と労力の大きさを体感してもらう試みとなりました。


修士制作物/一部抜粋 (大学院)グラフィックデザイン分野FARM VALUE
「農業の課題をテーマにしたい私と、関係人口をテーマにしたいチーム研究メンバーの横山さん。立場が違いますから、視点が違って。横山さんが関係人口の方に引っ張っていき、私が農業の方に引っ張っていく、をずっとやっていた感じです。でもレストランは開かなきゃいけない。メニューは横山さんと何回も打ち合わせて、一つ一つ、トータルでコースになるように考えました。それをレストランにお願いに行って、シェフにプレゼンして、一皿一皿の実現が可能かどうかを一緒に確認していただいて……」二人の違う視点が、「コース」というかたちのなかで合流したのです。お客様の反応については、「パッとは分からなかったんですかね。説明をすると、そういうことですか、と。じわっと分かっていくイメージです」と乾さん。打ち上げ花火のように一発で気づかせるのではなく、ゆっくり食べながら考えながら分かっていく。それがレストランという場と、このメニューの設計に合っていたのだと思います。


インタビュー動画/一部抜粋 (大学院)グラフィックデザイン分野FARM VALUE
インタビューで初めて聞いたのが、コンセプトムービー撮影の裏話です。実は当初、大阪と神戸の2軒のレストランで撮影する予定でした。1日目の大阪の撮影を終えた夕方、神戸のシェフの都合で2日目が中止に。大慌ての中で、乾さんは農家のインタビューに変更できないかと投げ掛け、横山さんの人脈で、急遽受け入れていただけそうな農家に辿り着きました。
「農家の方は、友達が遊びに来るんだな、くらいにしか思ってなくて。だから構えずに、正直なことを話してくださった。飾らない感じで、ベテランの有機農法の農家さんと、そのもとで修行している新規就農のご夫婦という対比もうまくいって、農家さん自身もFARM VALUEという考え方に共感してくださったんです」
私が「綿密に計算したものだと思っていた」と言うと、乾さんは「実はハプニングだったんです」と笑いました。でも、そのハプニングが、あのムービーの説得力の源です。農家の方々は、「良いものを作ればちゃんと売れる」という意識で日々を頑張っておられる。苦労をPRしようとは思っていなかった。だからこそ、乾さんの視点は彼らにとって新しい気づきになった。そしてこの対比から、乾さんはこんな話もしてくれました。
「どんなに高くても、甘いいちごなら一粒1000円でも売れるんですよね。米農家の方からすると、羨ましいと言われる。でも人の命を支えているのは、お米とか毎日食べる野菜。甘いものだけ食べては生きていけないんですよね」
市場は流行で動く。美容や健康にいいと売れる作物が急に人気になったりする。でも、それだけでは食卓は支えられない。価格と人気だけでは測れない価値を、「FARM VALUE」という名前で立ち上げようとしたのが、乾さんの研究の核心だったのだと、あらためて確認したくなる場面でした。


メニュー/一部抜粋 (大学院)グラフィックデザイン分野FARM VALUE
取材の中で、乾さんが修了式の日にあった出来事を振り返ります。修了式のあと、学友の一人が乾さんの展示を見て、「すごく美味しそうだったから、絶対食べてみたい」と言ってくださった。深い意味のない、ほめ言葉のつもりの一言に、乾さんはヒヤッとしました。
「農業の課題を、食べることを通じて伝えたいという視点はずっと持っていたんですけど、食べる側の人って、もっと無防備に、ただ美味しいものを食べたいだけなんだと。食べに行くのに、構えて学ぼうとはしないんだなと。それが、食べる側からの目線を持たなくちゃいけないなと気づいた一番の出来事でした」
大学院修了の達成感と裏腹に、学びを続けられない空虚感があったと乾さんは語ります。この空虚感と「ヒヤッとした」気づき。この二つの出来事が、乾さんの背中を押し、この春、京都芸術大学の通信課程・食文化デザインコースに、3年次編入で入学されました。大学院を修了した乾さんが、今度は学部に戻ったのです。

食文化デザインコース・関西学習会風景
「でも入ってみたら、まだ知らないことがたくさんあって、新しい視点を加えると、もっと化ける、生まれ変わるんだなと。年齢を超えて、一生続くんだなと気づいたんです。だから学び直しではなく、まだ足りない視点を補いに行く感じです」
食べる側の視点を補うための学び直しとはいえ、学部の通信課程はかなり骨身に応えるようです。「大学院は、自分が培ってきたものを深めながらアウトプットしていくところ、だと思っていたんですけど。学部はとにかくインプットの量が半端なくて、3年次編入で取る単位数も大学院の倍ありますから、本当にアップアップしています」と笑う。
「あらためて学びながら調べてみると、農業の課題解決に向けて尽力されている方がたくさんいらっしゃることに気づかされました。耕作放棄地を集めて大規模化し継続させようとする方々、若手農家を応援するために農作物の販売ルートを新たに生み出そうとする人たち、社内にも農業の未来を憂いて会社として何ができるか自主勉協会を開く人たち。大学院で修士研究をし、農業について考え抜いた自分自身に自信と誇りを持って、一緒に何かできるはずだと、積極的にコミュニケーションし、FARM VALUE実現へのアプローチをどんどん進めています」と語る乾さん。北海道農業学習施設のカフェでも、「FARM VALUEメニュー」を実施できないか、来年度の予算化を含めて検討されているところだそうです。
乾さんの研究は、様々なフィールドワークの旅でもありました。梨農家へのインタビュー、オランダやイギリスの農業事情、そしてインド北部での農家の方々との対面。中でもインドでの体験は、乾さんの問題意識を「日本の課題」から「世界の課題」へと拡げました。

インド北部/街中に見られる農業用トラクターと牛たち
「インドは農業が主要な産業なのに、息子がついでくれないんだ、と農家の方が言っていたりするんですね。いずれ日本と同じ問題が起きてくる。日本の機械メーカーであっても、世界全体で考えなくちゃいけない課題なんじゃないか。その気づきが一番大きかったです」
一方、オランダではAIやIoTを活用したスマート農業への転換によって、農業が儲かる職業になりつつあるという実例に触れた。「儲かればやる人は出てくるんですよね」と乾さん。ただし、最初の投資が必要で、日本でもなかなか進まない。技術革新も大切だけど、技術革新だけではない。そのベースにある人々のマインド、農業への見方や価値観を醸成していくことが必要だというのが、乾さんの結論です。
その価値観が今どうなっているかを、乾さんは修士研究におけるZ世代へのインタビューで、直に経験しています。「大学を出てまで農業をやろうとは思いません」とはっきり言う学生。「それを口にできるということがすごいなと思って。残念ながら、農業をちょっと下に見ていることの現れだと思うんです。その価値観を何とかしないといけない」「FARM VALUE/手間ひまを食べるレストランが狙ったのは、まさにこの価値観の底を上げることでした。
最後に、乾さんから在学生と新入生へ、メッセージをいただきました。
「一人で考え込まずに、いろんな人の意見をもらうこと。言う通りにする必要はないんですけど、いろんな人の視点をもらうことはすごくプラスになる。一人で抱え込まないことですかね。私も一人ではきっと何もできなかっただろうなと思うんです」
通信課程ならではの、世代と職業の幅広さも乾さんの財産になったと言います。「クライアントとしてクリエイティブと相対する形が多かった仕事のなかで、他の立場の人の目線をもらうことが、仕事上でも大きな気づきになって、いまも活かせているんです」とのこと。本領域の修了生たちは今も、オンライン上のコミュニティを通じて上下・横のつながりを保ち続けていて、乾さんもその一角に戻ってこられています。
研究を終えてなお、問いは終わらない。それどころか、問いは乾さんの前にもっと広いフィールドをひらいた。この先、乾さんには「FARM VALUE」カフェの実現、そして学会発表や書籍出版といった新しい挑戦にも、ぜひ踏み出していただきたいと思っています。
「動いていると、誰かと出会って、形になっていく」乾さんの歩みはその証明でもあります。
そしてこの秋、乾さんと横山宗助さんの「FARM VALUE」が、グッドデザイン・ニューホープ賞(
次回、乾さんの「実現しました」のお話を伺える日を、心から楽しみにしています。乾さん、ありがとうございました。
▼国内唯一、完全オンラインで芸術修士(MFA)が取得できる京都芸術大学通信制大学院webサイト
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