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2020年01月22日

【アートライティングコース】「干鱈と里芋を一緒に炊くとうまい。この炊き合わせのうまいことに関しては、ほぼ普遍的といって間違いないとおもう」(中村和恵)



こんにちは。アートライティングコース 担当教員の大辻都です。
おいしかった食べもの、好きだった味は人に伝えたくなりますね。そんな時、どうしていますか? 最近はSNSの発達で、スマホで撮影したきれいな写真をすぐウェブ上に挙げられるようになりました。短いコメントをつければ、多くの人に見てもらえます。カメラ機能のレベルも高くなり、匂いさえしてきそうな他人の料理の写真に思わず「いいね」を押した経験は、私自身何度もあります。さらに動画となると、グツグツ煮える音まで再現されて臨場感たっぷりですし、動画を使ったレシピも一般的になりました。
何だかおいしさを伝えるにはSNSが一番のような言いぶりをしてしまいましたが、アートライティングコースですので文章のお話です。先日行われた一日体験入学では、「料理について書く」ことをテーマにしました。人間が後天的に生み出した技をアートと呼ぶなら、おそらく人類が火を扱うようになって以来さまざまなかたちで発展してきた料理は、アート以外の何物でもありません。人間が生きているかぎり、そこに料理は存在しています。そして人間が暮らす土地ごとに気候も異なり、食材も変わってきますから、おのずとそうした条件に見合った調理法が発展していきます。それが個々の文化として形作られていくのでしょう。茶色くなるまで煮込まれたマレーシアの薬膳鍋も、塩鱈と青唐辛子を合えたカリブ海のフリッターも、白味噌仕立ての京都の牡丹鍋も、それぞれの土地の条件や歴史的背景と結びついています。
写真や動画で撮られた料理も魅力的ですが、さまざまな背景や食材の由来、あるいは個人の物語とともに語られる料理についての文章はまた別の価値を持っていると私は思います。今回の体験入学では、ワークショップとして参加者の方々に料理に関する短い文章を書いてもらうに先立ち、ミニレクチャーとして過去に書かれたいくつかの料理エッセイについて分析しました。ここでもその内容をご紹介しましょう。



まず取り上げたのは『ラフカディオ・ハーンのクレオール料理読本』です。
ラフカディオ・ハーンは小泉八雲の日本名を持ち、日本では明治時代に「耳なし芳一」「ろくろ首」などの怪談を集めて紹介した人物として知られているのではないでしょうか。晩年は日本で過ごしましたが、ギリシャに生まれて以来その生涯はつねに旅とともにあったと言えます。そのハーンが日本に来る以前、アメリカ合衆国南部のニューオリンズに暮らしていた頃に出会ったさまざまな料理のレシピ集がこの本です。ジャズ発祥の地でもあるニューオリンズはアメリカの中でも独特の文化を形成しており、クレオール料理と呼ばれる現地料理もその一端をなしています。オクラを使ったゴンボやザリガニスープなどが典型的ですが、トーストの飲み物や「紅茶と緑茶を合わせて飲む」健康法といった日本人には不思議な記述に目が留まります。一方でハーンは土地に伝わる諺などを多く集めていました。この本にもレシピの合間に食に関する諺が挟まれており、一冊を通して土地の文化を重層的に感じ取ることができます。
ハーンの著作にも大いに触発されたと見られる旅と食の記録として興味深いのが、中村和恵の『地上の飯』です。目次を見るだけでも「皿の上の雲」「日本人はうまいのか」「つらら食い」と好奇心をそそられるタイトルが並んでいます。あまりかしこまらず緩さのある文体のため読み進めやすい本ですが、それぞれの土地、それぞれの食の具体的なエピソードを読みながら、いつの間にか世界史や植民地主義の巨大な流れを理解することになるのは、著者のまなざしの深さと力量に他ならないでしょう。レクチャーでは、カリブ海の奴隷食から現代にまで受け継がれた塩鱈のケーキについて書かれた章を読みました。アクラと呼ばれるこの料理のレシピも出てきますが、レシピの背後に果てしない時空の広がりを感じられるエッセイと言えます。
もうひとつ、まったく別の角度から『日本の食生活全集』というシリーズ本を紹介します。このシリーズは、北から南まで日本各地の食文化をその土地に長く暮らす高齢者(明治から大正生まれ)から直接聞き取った言葉の記録であるのが特徴となっています。一巻にひとつの地域が取り上げられ、さらに季節ごと、海沿いや山間部といった土地ごとに特色ある食生活が紹介されており、理にかなったその内容は、現代の画一化した食に慣れた私たちに多くのことを教えてくれます。このシリーズからは、大阪船場に暮らす御寮人さんの冬の食事を取り上げて読みました。
ワークショップでは参加者にじっさいに文章を書いてもらい、ペアになって読み合ってもらいました。人は誰しも独自の食の記憶、食の体験を持っています。言葉もそうですが、食もまた個人を創り上げていると言えるでしょう。それをいかに言葉として記述し、伝えるか。記憶だけでなく、文献などで調べたことも加えれば、さらにテキストに広がりができるでしょう。じっさい短い時間の作文実践で集められた参加者それぞれの味の記憶は、お互いの想像力に訴え、食欲を大いに刺激し合いました。ワークショップを通じ、精度のいいスマホの写真や動画に負けない言葉による「食」の表現は、まだまだ探求の余地があるとあらためて感じさせられました。

 

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