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芸術学コース

2020年09月23日

【芸術学コース】儚き肉体の栄光

 



こんにちは。芸術学コースの佐藤真理恵です。時おり秋の気配を感じるこの頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

本来ならば、この時期、巷にはまだ東京オリンピック・パラリンピックの余韻が漂っていたことでしょう。その代わりといってはなんですが、今回はオリンピックに関連するテーマで少しお話しいたします。なかでも、古代ギリシアにおける身体の鍛錬と美について述べていきたいと思います。

周知のとおり、近代五輪の雛型となったのは、古代ギリシアで開催されていたオリュンピア祭です。古代のオリュンピア祭は、紀元前8世紀、ゼウスの神域オリュンピアを有するエリスなる地にて、隣国との戦に加え疫病が蔓延するなか、窮状を打破すべくアポロンの神託を受け開催されたといわれます(神話やホメロス『イリアス』では異なる起源が語られてはいますが)。

だとすると、この度の東京五輪が感染症の影響で延期となったことは、なんとも皮肉なものですね。

オリュンピアのゼウス神殿西破風彫刻のアポロン像、前460年頃、オリュンピア考古学博物館蔵



さて、オリュンピア祭は、前776年の第1回から393年の第239回まで、1169年間にわたり執り行われました。開催時期は、4年ごとの夏至後第2番目の満月の前後5日間であったといいますから、まさに盛夏のさなかです。

競技種目としては、徒競走(後代には中・長距離走も加わる)、5 種競技、レスリング、ボクシングといったお馴染みの種目のほか、パンクラティオンという総合格闘技のようなものや戦車競走などがありました。なお、これらの競技に参加できるのは成人男子に限られており、女性が参加できる競技祭は別途設けられていたとのこと。

5種競技の選手(左より幅跳び、槍投げ、円盤投げ)を描いたパナテナイア祭の壺絵、前530年頃



つとに知られているとおり、上述の競技の参加者は、戦車競走の御者を除き、一糸纏わぬ姿でした。裸体での参加には、不正防止、あるいは身分差を排した平等性を担保するなどの目的があったのかもしれません。

しかし、それら考えうる理由よりも重要なのは、この競技祭がゼウス神に奉げられた祭典であったという点でしょう。すなわち、オリュンピア祭とは、「選ばれたギリシアの青年たちが美しい肉体と躍動する逞しい力をゼウスの照覧に供した宗教的行事であり、単なるスポーツ競技会ではなかった」(川島重成『ギリシア紀行』244頁)のです。

人間の肉体美に特別な価値を見出していたことは、古代ギリシア美術の特色のひとつとしてしばしば指摘されてきました。では、どのような肉体が「美しい」のか。そのモデルとして想定されたのは、やはり神々の姿でした。古代ギリシアにおける神々のイメージは、神人同形の考えに基づいています。ただし、神々は人間よりもサイズが少し大きいらしいですが。どうやら、大きいことは美しさの一条件だったようです。ちなみに、その感覚は現代ギリシアにも継承されているらしく、男女ともに(とくに男性)長身で大柄な方が美しいと称される向きがあります。

ゼウスないしポセイドン像、前460年頃、アテネ国立考古学博物館蔵



いずせにせよ、人間の姿は神々に類似しており、完全ではないが、神々の姿の片鱗をうかがわせるものと捉えられていました。古代競技祭の優勝者の誉れを称える詩を多く残した前6世紀のピンダロスも、『ネメア第6祝勝歌』冒頭部で次のように詠っています。

「人間と神々の族は互いに別とはいえ、ともに同じ母(なる大地)から生まれたもの。だが、力の全き差が両者を隔てる。(中略)それでも大いなる思いと姿かたちで、われらはどこか不死なる者に似る。」

この引用に登場する「不死なる者」とは、古代ギリシアでは神を意味します。そして、これと対をなす「死すべき者」という言い回しは、すなわち人間を意味します。上述のように、神と人間は姿などの点で似ている部分も多いですが、両者を隔てる決定的な差異があります。それが、不滅の存在か、あるいは滅びる運命にある存在か、という違いです。この差異は、いかに卓越した人間であろうと決して乗り越えることができません。つまり、人間を超えたなにか大きなものが存在する――こうした認識が古代ギリシア文化の根底にあるのです。

 

《円盤投げ(ディスコボロス)》のコピー(前450-440年頃ミュロン作のオリジナルは現存せず)



とはいえ、人間が限りなく神に近づくかのように感じられる瞬間もあるでしょう。その最たるもののひとつが、ほかならぬ競技祭で栄冠に輝くときではないでしょうか。鍛え上げられた人間の力能を遺憾なく発揮し、滅ぶべき肉体が光輝を放つ刹那、彼はほとんど超人的な存在となる、とは大袈裟かもしれません。しかし、げんに私は、アスリートが肉体の極限に挑む姿になにか神々しいものを感じることがしばしばあります。

 

壺絵に描かれた優勝者と女神ニケ



古代の競技祭では、このような栄光を勝ち取った優勝者に、植物を編んだ冠が贈られました。勝利の女神であるニケ(サモトラケのニケという彫像で有名ですね)が優勝者に冠を与える様子は、古代の壺絵などにも散見されます。

じつは、古代ギリシアには、オリュンピア祭をはじめとする四大祭典(競技祭)なるものがありました。これらの祭典では、開催地のみならず、祭られる神や勝者に授与される栄冠もそれぞれ異なります。

まず、先述のとおり、オリュンピア祭はゼウスに捧げられました。また、栄冠としては月桂冠が有名ですが、オリュンピア祭での優勝者が戴いたのはオリーブの枝を編んだ冠でした。

2004年アテネ五輪のロゴマーク



ちなみに、2004年に開催されたアテネ五輪のロゴマークは、このオリーブの冠をモティーフにしています。エーゲ海を想わせる明るい青を背景に、ラフなタッチで描かれた栄冠。一見、月桂冠のようですが、よく見ると丸いオリーブの実がついているではないですか。これをオリーブの冠と確信したとき、私は、古代の息吹が近代オリンピックに受け継がれていることに歓喜したものでした。

なお、アテネ五輪で各種目の優勝者のこうべを飾る栄冠は、ゼウス生誕の地とされるクレタ島のオリーブの老木から採られました。なかなか粋な計らいですね。

ついでに、四大祭典のうち他三つについても簡単に補足しておきましょう。

ピュティア祭はアポロンに捧げられ、この神の聖地デルフォイで開催されました。そして、優勝者にはやはりこの神の聖木である月桂樹の冠が与えられました。また、ネメア祭の祭神はオリュンピアと同じくゼウスです。それゆえ、優勝者に授与されていたのも、初めはオリーブの冠でしたが、後代にはセロリの冠に変更されたようです。最後に、イストミア祭は、ポセイドンを祭神とし、イストモスで開催されました。栄冠は、当初はセロリでしたが、のちに松へと変わったようです。

エウフィレトスの画家に帰属、パナテナイア祭のアンフォラ、前530年頃



元来、四大祭典の優勝者に贈られた「賞品」めいたものは、これら植物の葉冠――しかも、いずれは朽ちる植物で作られた――のみでした。後代には、他の物品や賞金が与えられることもあったようですが、少なくとも当初においては、競技者たちはこの儚い冠ひとつのために、神々の前で力の限りを尽くしたのです。ここに、古代の競技祭の精神が凝縮されているといっても過言ではないでしょう。

この「賞品」からもわかるとおり、競技祭で賭けられていたのは、栄誉そのものです。しかしその栄誉もまた、植物の冠と同様、永遠ではありません。じつは、古代ギリシアでは、優勝者の名は、記録され、あるいは祝勝歌などによって記憶されてもきました。ただし、これらによって伝えられる誉すら、あくまでもいずれは滅ぶ肉体のほんの束の間の輝きであるという感覚に根ざしています。さきに引用したピンダロスによる祝勝歌で詠われているように、栄光の瞬間にさえも、神と人間を隔てる「力の全き差」が厳然と横たわっているのです。とはいえ、あるいはだからこそ、この儚き肉体の一瞬の輝きはなおさら尊いのではないでしょうか。

パライストラでのレスリング練習風景、前510年頃、アテネ国立考古学博物館蔵



ところで、古代ギリシアでは、戦士や競技会の選手はもちろんのこと、それ以外の者にもひろく身体の鍛錬が推奨されていました。しかしその目的とするところは、屈強な肉体づくりや卓越した身体能力の獲得にとどまりません。身体の鍛錬をつうじて精神の鍛錬をも目指しているのです。その背景にあるのは、肉体の鍛錬すなわち精神の鍛錬、肉体の調和すなわち精神の調和、との思想です。

古代ギリシアにおける肉体・精神の鍛錬の場には、パライストラ(格闘技の練習場)や、ギュムナシオン(体育場)などがありました。ちなみに、ギュムナシオンは、ジム(体育施設)の語源として知られますが、ドイツの中等教育機関ギムナジウムの語源でもあります。かように、肉体と精神をめぐる古代ギリシアの理念は、「健全なる魂は健全なる肉体に宿る」とのスローガンへと姿を変えつつ、今日の社会にも根付いていることがわかります。

前600年頃のクーロス(青年)像群、アテネ国立考古学博物館



なお、現存する古代ギリシアの造形作品のなかで、人体の表象は圧倒的な数を誇ります。ここには、人体が最も身近な探求対象であったことはもちろん、さきにも述べたとおり、美しい身体に特別な価値がおかれていたことがうかがわれましょう。しかも、古代ギリシア人が彫琢された身体に見出した「美」とは、視覚的なものに限定されません。

古代ギリシアで理想とされた在り方に、「カロカガティア」というものがあります。これは、「美(カロス)かつ(カイ)善(アガトス)」を合成した語であり、身体的に美しいだけでなく、道徳的にもすぐれた状態をさします。前述の競技祭や肉体の鍛錬、あるいは造形芸術で追求された理想的な人体像も、須らくこの「善美」の美学に基づいているといえます。

前期キュクラデスの大理石像、前2800-2300年頃、アテネ国立考古学博物館蔵



そして、数多の古代文献にも書き留められているように、圧倒的に善美なる姿に驚嘆するということは、人間に与えられた悦び(歓び)のなかでもひときわ素晴らしいものでした。古典ギリシア語で「タウマゼイン」とは、「驚嘆する」という意味ですが、このタウマゼインは、芸術や知的探求の根源にある感情です。今なお理想美などと称えられる古代ギリシアの人体表象は、われわれの身近に宿る美が驚きと悦びをもって再発見されたものであるといえるでしょう。

ちなみに、競技や試合をさす語は多々あれど、先述のオリュンピア祭に起源をもつ近代オリンピックの名称Olympic Gamesには、gameという本来「楽しみ」を含意するような語が用いられています。ここに、勝敗のみを至上の目的とするのではなく、競技者も観客も肉体と精神の躍動そのものを悦ぶ、という感覚が引き継がれているように思われます。

さて、昨今の状況下、東京五輪の開催については賛否両論ありましょう。しかも、いまや五輪は、政治や経済などのさまざまな思惑が絡み合う「一大産業」であり、古代の競技祭が有していた意義は薄れてしまったかのようにもみえます。

とはいえ、それでもなお、滅ぶべき肉体の輝ける一瞬を目にすることがこのうえない眼福であるというのは、衆目の一致するところではないでしょうか。ましてや芸術に関心を寄せる皆さんにとって、五輪は、最も親しいモティーフである人体の美を再認識する好機となるはずです。

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