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芸術学コース

2021年07月14日

【芸術学コース】日常のひとこま 図書館、研究、図書館…



こんにちは。三上美和です。梅雨の候、いかがお過ごしでしょうか。長雨の影響で、今年も既に深刻な災害が起こっています。被災された方にお見舞い申し上げますとともに、みなさん、どうかくれぐれも早めの避難を心がけてください。

今年秋に学会発表を予定しているため、日々研究課題に向き合っています。今日も東京国立近代美術館(写真1)のアートライブラリに行ってきました。

写真1 東京国立近代美術館本館



近美の正門から坂を少し登ったところ(写真2)に、併設のレストラン、L’ART ET MIKUNIがあります。アートライブラリに行くにはレストラン横の入り口が近道だったのですが、今は感染防止のため閉鎖されていました。コロナ中もこちらは健在でした。なかなか時間が取れませんが、いつかゆっくり訪れたいと思います。

写真2 近美側面(正面入り口から少し坂を登ったところ。桜の木が元気に茂っていますね。この先にかつては工芸館(現・国立工芸館)がありました。)



現在、近美のアートライブラリは一週間前の予約制で、希望する資料も予約時に連絡します。パソコンの利用ができないため、美術雑誌のDVDが使えなかったのは残念でしたが、さすが近美、寛方関係の文献も充実していて助かりました。コロナの感染防止のため、どの図書館も利用に一定の制限がかけられていますが、私がコロナ禍で研究を進められているのは、利用者の便に供すべく努力されている図書館員さんたちのおかげです。しばらくは国会図書館と近美のライブラリにお世話になりそうです。

現在の研究テーマである荒井寛方については、原三溪との関係を以前このブログでも取り上げたことがあります。

【芸術学コース】近況報告―日々の発見と原三溪のことなど


また、本学通信教育部のウェブマガジン『アネモメトリ』でも、寛方の作風変遷について何回か紹介していますので、そちらも御覧ください。

寛方は一般にはほとんど知られていませんが、初期には文部省美術展覧会(文展)、その後は日本美術院同人として活躍していました。歴史人物画の大家である水野年方に師事し、歴史風俗画を得意としたことから、その経験を活かし、仏教主題をテーマにした作品を描くようになっていきます。したがって、寛方の作風は、明治末までの歴史風俗画(前期)から大正4年以降の仏画(後期)へと、大きく捉えることができます。寛方の仏画は、大正5年、インドの詩人タゴールの求めにより、日本画教師としてインドに渡ったことで、さらに大きくインド風へと展開していきます。

現在は、寛方の渡印以前、先述した前期の作風展開について調査中です。寛方が同時代の様々な影響を受けながら、どのように自らの作風を開拓していったのか。そのあたりに最も興味を持っています。

長く勉強していると、点と点が思わぬところでつながっていく面白さがあります。私は卒論で陶芸家の富本憲吉を選び、修論以降は横浜の豪商で芸術のパトロンだった原三溪を選択しました。その後は三溪の支援した画家や彫刻家を調べ、その過程で寛方に出会いました。一見回り道のようですが、寛方の研究を通じて、今まで学んできたことそれぞれが見えない糸で結ばれているようにも思われます。

本学の論文研究や卒業研究で自分の研究を始めてみると、おそらく最初は大変だと思います。しかしながら、今まで知らなかったことを知ることには無限の楽しさがありますし、それを続けていくと、最初とは全然違うことに興味を感じることもあるでしょう。電車から眺めるいつもの風景(写真3)が季節や時刻で違って見えるように、今まで見てきた作品からも思わぬ発見があるかもしれません。それを楽しみに、私も寛方の作風変遷を探る旅をしばらく続けていこうと思います。

写真3 車窓から見た多摩川沿いの風景



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