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文芸コース

2022年10月28日

【文芸コース】物語における「設定」の考え方

皆さん、こんにちは。文芸コース主任の川﨑昌平です。
ここ最近、文芸表現にまつわる「用語」についての質問をよく受けます。「草稿」、「さわり」、「初稿」、「あらすじ」、「書き出し」、「場面」「要旨」、「サマリー」……微に入り細を穿ち、いろいろな用語が文芸表現の世界には存在します。中には「えっ、そんな言葉、知らない」と思ってしまうような用語もあるでしょう。でも、焦る必要はありません。誰だって最初はシロウトです。ゆっくり学んでいけば、いつしかどんな用語もあなたの血肉となってくれます。
……と、書こうと思ったんですが、しかし、実は文芸表現にまつわる用語って、案外定義することが難しいものが多いんですよね。例えば「初稿」という用語。一般的な編集者からすると「著者から届く最初の原稿」を意味しますが、印刷会社やエディトリアルデザイナーからすれば「それを貰えれば組版作業がスタートできる原稿」のことでもあります。著者からすると「一番最初に書き上げた原稿」の意であり、編集者からあれやこれや言われて修正したものは「初稿」とは言いたくないかもしれません。このように、立場や環境、状況などによって同じ用語でもニュアンスや意味が微妙に異なる場合がしばしばあるのです(ちなみに、印刷会社から組版された最初の出力紙を業界では「初校」と呼び、「初稿」と同音です。ややこしいですね)。
ですので、私も質問に回答するときは「これが絶対の定義である」といった説明の仕方はしません。いろいろな解釈を紹介するだけです。長く表現を続けながら、自分なりの答えを見つけていくしかないのが、文芸表現にまつわる用語というものなのです。

以上のように前置きした上で、今回語りたいのは「設定」という言葉についてです。こちらも文芸表現関連用語としては頻出でありながら、なかなか定義が難しい言葉と言えるでしょう。
小説という表現形態から考えれば、いろいろな「設定」があることがすぐにわかると思います。物語の存在する世界そのものを明らかにする「世界観設定」や、物語が展開する状況やシチュエーションを詳らかにする「舞台設定」、物語に登場するキャラクターを細かにする「キャラクター設定」……まだまだありそうですが、いずれも役割としては明快で、「直接的に小説に描かれはしないけれども、小説を書き進める上で必要な要素を言語化したもの」と言えるでしょう。
なんだ、定義できるんじゃないか、「設定」という用語は簡単だね……と思っていただけたかもしれませんが、ことはそう単純ではありません。
私の「設定」の説明に「接的に小説に描かれはしないけれども、小説を書き進める上で必要な要素」とあったのを思い返してください。つまり、どういうことかと言えば「設定」とは、決して読者の目に触れない要素だと言えるのです(だからこそ、設定集などの書籍に価値が置かれるのでしょう)。いわんや執筆の最中は誰にも共有されない要素であるはずです(担当編集者などがいる前提で執筆をしていれば話は異なりますが)。
となれば自然、「設定」は筆者の胸中にだけあるものであり、可視化されない要素である以上、どんなものであっても筆者の胸先三寸……と思ってしまってはいけません。「設定」がずさんな文章は、読めばすぐにわかります。「設定」をおろそかにした小説は、脆いものです。表層的な言葉の羅列に光るものがあったとしても、根底にあるコンセプト、伝えたいものが見えにくくなるんです、「設定」が弱いと。
自戒を込めて書いているわけですが、私自身も、創作をしていて「設定」を投げやりにしてしまい、後々から反省することをしばしば繰り返しています。「あー、もう締切まで時間がない。もう設定は適当でいいか。小さな出版社が舞台で、社員は主人公含めて四人ぐらいで、えーとつくってる本はなんか人文書で、売上は芳しくなくて……」ぐらいの雑な「設定」しか拵えず、見切り発車で執筆を進めてしまうと、さあ大変。連載の途中や単行本化する際に読み返したときなどに、粗がどんどん現れ、辻褄があわなかったり伏線が回収できなかったりと、作品がボロボロになってしまいます。
杜撰な「設定」は、表現を鈍重にする。

ですから、これから文芸を学びたいと思っている、あるいは学びはじめている皆さん、「設定」は大切にしましょう。最初のうちはちょっと過剰なぐらい「設定」をつくりこんでも構いません。「いや、主人公の友人の衣装や持ち物の詳細、全部決めてるけど、そこまで本編に登場しないでしょ? そのキャラのサンダルのブランド名って決めておく必要ある?」とか「いやファンタジー世界なんだし、わざわざその世界の単位一覧とかつくるの? 主人公のいる国と敵のいる国との貨幣相場の設定表とか使う場面ある?」とツッコみたくなるぐらい、これでもかと盛り込みましょう。ツッコミ通り、その「設定」は作中に反映されずに終わるかもしれません。
が、よいのです、それで。最初に書いたとおり、「設定」は他ならぬ著者自身のための要素です。著者が執筆中に迷わないよう、書くことに怯んだり悩んだりしないで済むように、前もって準備しておくための言葉の抽斗、それが「設定」なのです。
著者がどこで迷うか、どこで筆が鈍るかは、著者当人にもわかりません。ゆえに、「設定」は過剰であればあるほど、即ち抽斗に言葉が潤沢であればあるほど、著者を救うアイテムたりえるのです。
文芸を学びたいと強く願う皆さん、ぜひとも「設定」を書きましょう。書くことが決まらない、書きたいものがまだ見つかっていない……そんな人ほど、「設定」に凝るところからスタートしてもおもしろいかもしれません。あなたがこれから書こうとする物語のヒントを「設定」は導いてくれるかもしれません。もしくは「設定」を固めることで、あなたの物語を伝えるべき相手(読者)がクリアになるかもしれません。そこそこ時間を使う作業にはなるでしょうが、文芸表現を学ぶ上では決してムダにはならないはずです。騙されたと思ってやってみてください。

あ、それから最後にひとつ。「設定」をつくるときは、どうせなら思いっきりチャレンジしてみてください。あなた自身の経験知から導き出すのも悪くない戦略ではありますが、どうせなら「え、こんな物語、私は書けないよ」と思ってしまいそうな「設定」に挑戦してみましょう。歴史に全然詳しくなくても「時代設定は……よし、保元の乱の頃にしてみよう」とか、ギャンブルに興味がなくても「主人公の設定は……うーん、パチプロにしてみようかな?」とか、あなたがまだ20代であっても「登場人物たちがメインでやりとりする舞台は……よし、老人ホームにしてみよう!」とか。知識や経験のおよばない「設定」を考えることは、ひとつにはリサーチという文芸表現の基礎を実習する体験になりますし、もうひとつはあなた自身も知らなかったあなたの作家としての可能性を発見する作業にもなります。
さあ、皆さん、「設定」をつくってみましょう! 明日のあなたの文芸表現を豊かにするために!
……airUコミュニティで「設定」選手権とかやったらおもしろいかもしれませんね。

文芸コース主任 川﨑昌平

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