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文芸コース

2024年02月24日

【文芸コース】辞典で遊ぼう



皆さん、こんにちは。文芸コース主任の川﨑昌平です。

最近、辞典の編纂を仕事でしているから……ということもあるんですが、やたらと辞典を読むことが楽しくなっています。目的あってこそ読まれるものが辞典だとする意見もよくわかるのですが、特に理由なく紐解いてみても、読めるものなんです、辞典って。知らない言葉と出会う愉悦、使ったことのない言葉に思いを馳せる快楽……そうしたものをもたらしてくれるパワーが、辞典にはあります。

というわけで、今日は文芸を学びたいと願うみなさんに、おすすめの辞典を紹介します。その名も『逆引き広辞苑』(岩波書店辞書編集部編、岩波書店、1992年)。私の持っているものは初版ですが、調べたら1999年に「第五版対応」というものが出版されているそうです(この場合の第五版とは、『広辞苑 第五版』のことだと思われます)。
さて、どんな中身か……まずは実際のページを見てみましょう。

わかりますか? パッと見たこのページの言葉は、すべて末尾に「こ(ご)」の音を持つ語句たちなのです。逆引きとは、「見出し仮名の五十音順」ではなく、「見出し仮名の逆順読み排列」で言葉が並んでいる状態を意味しています。例えば私もよく使う『三省堂国語辞典 第八版』で「お」のところを適当に紐解いてみると、「おだわら、おだんご、おたんこなす、おたんちん」と並んでいます。が、『逆引き広辞苑』ならば「おたんちん」は「ん」の項の1094ページに、「おたんこなす」は「す」の項の576ページに、「おだんご」はピシャリ同じ語句はなかったのですが「こ」の項の486ページに「だんご(団子)」があり、「おだわら」は「ら」の項の900ページにありました……と記述するために私は今『逆引き広辞苑』をペラペラめくったわけですが、脳内では懸命に「ら、わら、だわら……おだわら、あった!」とか「す、す、なす、こなす、おお、おたんこなす!」とか、そんな具合に言葉を逆さまに読みながら言葉を探していました。

この『逆引き広辞苑』では、「言葉を逆さまに読んだときの五十音順」で言葉が記されているのみで、それぞれの語句の意味は実際の「広辞苑」を開くことでしか確認できません。「じゃあ、いったい何の意味があるんだよこの辞書は!」と憤慨された方、落ち着いてください。その観点がすでに「辞書とは道具である」という考え方に毒されすぎています。高らかに『逆引き広辞苑』の意義を謳う、同書の「はじめに」から引いてみましょう。次のように書かれています。
本書は、言葉を逆さまに眺めることで、言葉そのものあるいは言葉の通常気付きにくい側面を発見することを意図した辞典である。『広辞苑』に記述がありながら、その項目に気付かなかったために検索されなかった情報に到達するための案内役として活用されれば、『広辞苑』の世界を何倍にも広げることになろう。また地口や語呂合わせのちょっとしたヒントなど、言葉と遊ぶ道具の要素も持ち合わせているはずである。言葉と遊びながら、利用者の語彙を豊かにする一助となれば幸いである。
『逆引き広辞苑』(岩波書店辞書編集部編、岩波書店、1992年)、「はじめに」より引用。

まさにここに書かれている通り、言葉と遊ぶための道具、それが『逆引き広辞苑』なのです。遊べば遊ぶほど、日本語の持つ魅力に、日本語の奥深さに出会うことができます。そもそもですが、よく知られているように、あるいはよく経験しているように、日本語は語末語尾ほど意味のウエイトが上がる傾向にあります。「やりま……」までは比較的どうでもよくて、重要なのは「……したよ、さっき」なのか「……す、いつか」なのか「……せん、いつまでも」なのかであって、すなわち語末語尾に言葉の真意が宿りがちな言語なのです。
その意味で読み直せば、『逆引き広辞苑』は日本語を再確認・再発見する手引書とも言えるでしょう。例えば「涙」は誰もが知っている言葉ですが、では「涙」を用いた言葉はどれくらいあるか……といった問いかけに「広辞苑」は即座に応えてはくれません。私の貧相なボキャブラリーでは「嬉し涙」を「う」の項に、「悔し涙」を「く」の項に、それぞれ発見できるぐらいで、それ以外の「涙」が広辞苑に記されていたとしても、そもそもそれらの言葉を知らなければ紐解けないわけです。
が、『逆引き広辞苑』ならそんな語彙力素寒貧の私にも、日本語の豊かさを教授してくれます。なぜって「なみだ」の音で言葉が集まってくれているわけですから。早速見てみましょう。おお、すごい。「粗涙、有難涙、嬉し涙、うろうろ涙、おろおろ涙、忝涙、悔し涙、紅の涙、思案涙、忍び涙、雀の涙、空涙、溜め涙、血の涙、連れ涙、共涙、虎が涙、泣きの涙、名残の涙、熱鉄の涙、冥加涙、貰い涙、諸涙」とまあ、こんなにありました。知らない言葉がたくさんあります。が、知らない言葉と出会えただけでも、日本語の広さに触れられた証明ですから、こんなに喜ばしいことはありません。

さあ、みなさん、日本語の豊かさをたっぷり味わいたい方は、あるいは文章における言葉の底力を基礎から鍛えたい方は、ぜひぜひ『逆引き広辞苑』を手にとってみてください。明日から書こうとする文章が、今日よりもずっと光るものになる事実は、私が保証します。あ、そうか、「日本語ラップ」のような音韻を大事にする表現などにも即効性のある辞典となるかもしれません。
いずれにせよ、辞典で遊ぶ楽しさをみなさん、どんどん体験してください。よりおもしろく、より深く文芸を学ぶことができるようになるはずです。

文芸コース主任 川﨑昌平

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