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- 【アートライティングコース】「歴史の記録を読んでも、実物を鑑賞しても、分からないことがある。図案を一つ刺し終えたときの喜びである。それは手を動かしてみて初めて実感できるのだ」『こぎんは黙する詩である』
2026年07月03日
【アートライティングコース】「歴史の記録を読んでも、実物を鑑賞しても、分からないことがある。図案を一つ刺し終えたときの喜びである。それは手を動かしてみて初めて実感できるのだ」『こぎんは黙する詩である』
卒業生からZINEが届きました。
みなさん、こんにちは。アートライティングコースの非常勤講師青木です。
先日、ある卒業生からお便りをいただきました。卒業制作をZINEにしたので講評を担当した私に進呈してくださるとのこと。藍染のブルーに白い糸の刺繍が清廉な野良着のイラストを表紙に配した、たいへん端正なデザインのA6版30ページの小冊子が同封されていました。
内容は青森県津軽地方に江戸時代から伝わる刺し子の一種「こぎん」の魅力を紐解いたエッセイです。こぎんは目の粗い麻布の補強と保温を目的に、綿の糸を細かく刺し綴る手芸ですが、縦糸を奇数すくいながら「並み縫い」を繰り返すだけで整然とした幾何模様が描けます。また、300種類を超える基本模様(モドコ)を組み合せることによって無数のデザインバリエーションも可能です。農村の無名の女性たちの手仕事の工夫が、モダンな数理デザインの構造を生み出したことに驚かずにはいられません。ZINEの作者もご自身が手芸愛好家で繕いに親しんでいたことから、刺し手である農村女性の豊かな創造力に気づき感動し卒業制作のテーマに決めたと語っています。この作品はアート界のひとつの潮流である「手芸」の再評価、女性の無償労働への批評という視点を備えていた点が強く印象に残っています。

それぞれのアートライティング
アートライティングコースの卒業制作は、テーマや文章スタイルを学生が自由に選定して作品作りに取り組みます。求められるのは、芸術・文化を対象としたうえで、書き手自身の発見や考察を盛り込み、読み手に気づきを与えるテキストの創造です。
私は2022年度から2025年度の4年間、卒業科目の講評を担当していますが、毎回、全員のテーマが出揃うと、履修生のみなさんの関心の向かう先の多様さに驚き感心していました。テーマに取り上げられたことで初めて知る人物や表現ジャンルも少なくなく、教員でありながら学ぶことの多い刺激的な科目です。一方では個人的趣味として親しんできた映画、ドラマ、スポーツの知見がテーマの理解を助けてくれる場合もあります。私が最初に担当を引き受けたのはフィギュアスケートと韓国ドラマをテーマにした作品でした。前者はいちファンとして長年観続けてきましたし、後者は一時期浴びるように観ていたのが、思わぬかたちで役立ちました。ところで今、フィギュアスケートや韓ドラはアートなのか?と疑問を抱いた方がいるかもしれませんね。
アートライティングとは、アートについて書く行為、または書かれた「作品」をさします。そしてアートには伝統的な文化・芸術とまだ認知されていない文化・芸術のタネがあるというのが研究室の見解です。したがってストリートアートやパフォーマンス、都市のファッション、食の新しいスタイルなどもアートとして包括します。本学でアートライティングを学んだ方々の卒業制作のテーマが幅広くバラエティに富んでいることになんら不思議はないのです。しかもその傾向は年を追うごとに加速しているようです。直近の2025年度卒業制作テーマの一部をご紹介しましょう。
Group1/それぞれのアートライティング
〇不在の存在―ポストコロナの未来を思考する創造のかたち
〇アイドルオタクこそ考えるべき「推し」の人権問題
〇魚を知ることは、日本を知ること ―『ととけん』の向こうに見える日本の文化―
Group2/デジタルの扉/プログラミング・ソースコード、ゲーム
〇真夜中のシンタックスハイライト
〇感情の循環系~物語の媒体としてのノベルゲーム~
〇RPG『moon』を紐解く――もう一度、冒険に出て見つけた「ラブ」
Group3/遥かなる思索の旅/紀行、随想
〇紙と文字を悼む文化─長崎・聖福寺の惜字亭を訪ねて
Group4/距離と時間が生む言葉/移住、文通
〇私が手紙を書く理由
以上はコース内の発表会に登壇された方々の作品ラインナップの一部です。西洋美術画家の作品論からアイドルの人権問題提起までそれぞれの作者が探求心にドライブされて取り組んだ力作ぞろいです。なかでもGroup2はプログラミングのソースコードを美しい構造物として語った作品、ゲーム批評に真っ向挑んだ2作品はアートライティングの枠を押し広げるような新鮮さがありました。この他にもビジュアル系やロック歌詞の考察が登場して、学生のみなさんがアートを柔軟に捉えていることに改めて気づかされました。

テーマに時代が映る
テーマの多様化とは別に、社会の変化に連動する傾向もあります。まずは、生きづらいと感じている女性の存在に気づかずにはいられません。とりわけルッキズムのプレッシャーは深刻だと感じます。2024年の卒業制作では3人の女性がこの問題へ切り込みました。タイパ、コスパに象徴される効率主義へのカウンターとして手間と時間を要する工芸的モノ作りを称揚する、繕いや修復に時間の記憶という価値を付与する動きも目を引きます。地域に伝わる催事や手仕事の技など、記録し、語り伝える役割を自ら引き受けようとする書き手は毎回必ずいました。継承も大きな流れです。
卒業制作のテーマには時代が映っている、私はそう思います。
さて、冒頭に掲げた文章はZINEのなかから抜き出した一節です。手芸愛好家の作者らしさがよくでていると思いました。完成から1年数カ月が経ち、卒業制作のテキストが洗練されたブックレットになって私の手元に届きました。とてもうれしい。なお、作者の卒業生は「こぎん」愛好家のイベントに出店して、持ち込んだZINEを完売したそうです。
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