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2026年08月04日

【アートライティングコース】「近代性とは、移りゆくもの、逃れ去るもの、偶然的なものであり、芸術の半分を占める。残りの半分は永遠で不動のものである。」 シャルル・ボードレール「近代生活の画家」IV(1863)

みなさま、こんにちは。アートライティングコースの教員上村です。猛暑・酷暑の日々ですが、いかがお過ごしでしょうか。かつて芸術が栄える条件として、暑すぎず寒すぎず程よい気候を考えた著述家もいました。たしかにそうかもしれません。しかしまた、こうした困った気候は逃れられるものではありません。アスファルトが熔解する日射しにも、空調なしでは過ごせない熱帯夜も、現代の私たちの現実です。古典古代のような芸術はもはや栄えることはないとしても、今は今で私たちの生きる条件を引き受けたうえで芸術を作るしかありません。
上に引いた文章は、十九世紀フランスの詩人で、芸術批評も著したシャルル・ボードレールが新聞『フィガロ』紙に寄稿したエッセイの一部です。「近代性」と訳しました「モデルニテ」は、「今」「最近」の性質という意味で、「現代性」でもよいでしょう。ボードレールは十九世紀半ばの彼の時代性を移ろいやすさに認めています。これは、ギリシャ・ローマの古典彫刻が具現しているような、西洋の芸術がそれまで伝統的に規範としてきた美とはかなり違うものです。文章のタイトル自体、「近代生活の」と銘打たれているように、彼は十九世紀の都市の生活にふさわしい感性を追求しました(たとえば彼は貴族の衣裳ではない都市民の「黒い」ファッションについても賞揚しています)。ここでは特に時間的な観点から、芸術における近代性を移ろいや変化に認めています。ボードレールは、いつでもどこにでも存在する(かもしれない)普遍的な美の典型のようなものに代えて、生まれる時代に即した姿を持つ芸術を讃えます。宗教や神話を題材にした道徳的な物語ではなく、身近な風景、都市の生活、街頭の人々こそが、新しい時代の画家の描くべきものだというわけです。

他方でこれは、古典的な美の永遠性と近代的な美の現在性、という対立に終わるものでもありません。引用箇所の終わりの方で、芸術の半分が移ろいやすさ、すなわち近代性で、残りが永遠性だというのは、逆に言えば古い芸術にも同じように動かない永遠と移ろいゆく現在とがあるということになります。実際、引用箇所のすぐあとで、彼はこう書きます。「昔の絵画もそれぞれに近代性を持っていた。過去の優れた肖像画のほとんどはそれぞれの時代の衣裳を身に着けている。衣裳、髪型、さらには仕草や眼差しや微笑(それぞれの時代はそれぞれの物腰、眼差し、微笑みを持っている)が完璧な生命力を持ったひとつの全体をなしている。」そのような同時代的な要素をなくしてしまうと、抽象的な美の抜け殻のようなものしか残らない、とも。しかし、ここで問題が生じます。どうして現在の私たちが(十九世紀のボードレールであっても)過去の肖像画の「現在」を生き生きとした全体として捉えることができるのか、という問題です。肖像画がいつの時代も永遠不変の美しか描いていないのなら、今の私たちが百年前や五百年前の肖像画を見て感嘆してもおかしくありません。しかしもしそこに(しかも「半分」も)当時の「近代性」が描かれているのなら、今の私たちにそれがどうやってわかるのでしょう。歴史学者のように考証して真偽を判定するのでしょうか。それともそんなことは大事ではなく、漠然と昔はそうだったと推測するだけで鑑賞には事足りるとすればよいのでしょうか。おそらくはそこには芸術作品の解釈につきまとう有利さと陥穽があります。過去の芸術作品は、たしかに今の私たちにヴィヴィッドな感覚を与えてくれるますし、それは当時の物腰や眼差しであっても、今の私たちにその意味を察知させてくれる重要な要素です。描かれた感情を追体験することで、それを表現する顔立ちや態度や持ち物の意味を理解する手がかりを得ます。しかしまたそれはあくまでも現在の私たちが過去の「今」を時代を超えて理解できたように思っているだけかもしれません。現在の私たちにとっては思いの外の仕草の意味や持ち物の役割があったかもしれないことは容易に想像がつくでしょう。考証的な作業によって過去の作品の「近代性」が上書きされることは十分あります。しかし、とはいうものの、それでもひとつひとつ考証された事実に「完璧な生命力を持ったひとつの全体」としての形が立ち現れるのは、私たちの生きる近代性と共鳴するようなものがあるからこそです。いずれにせよ、そのあたりは往々にして大胆過ぎる共鳴が先走りそうですので、過去の作品に対しては、私たちが接しているのがあくまで他者であることを重々念頭において、丁寧につきあってゆくしかないでしょう。

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