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2020年03月25日

【文芸コース】パンデミックの嵐をやり過ごすために、読書を。感染症と文明の長い付き合いに想いを馳せながら。

John Everett Millais, Pizarro seizing the Inca of Peru, 1845
© Victoria and Albert Museum, London


1532年、ピサロがペルーのインカ帝国を奪い取る──新大陸に致死性の感染症がもたらされた瞬間。

こんにちは。文芸コース教員の門崎敬一です。

通信教育部の卒業式と卒業・修了制作展が延期となり、卒業生のみなさんは無念さと不安の入り混じった気持ちで毎日を過ごされておられることと思います。

在校生と新入生のみなさんも新学期をどのように迎えればいいのか、途方にくれることもあると思います。まずはairUキャンパスに表示される大学からの連絡・報告をしっかりと確認しましょう。

街はいつもより人出がなく、電車やバスの乗客も少ないような気がします。
日本中が、いや世界中が息をひそめています。
いっぽうでテレビや新聞ほかのメディアでは、新型コロナウイルス感染の行方を伝える報道が過熱しています。

喧騒と静寂が地球を覆っています。

文芸コースの一教員として、こんなときにどんなブログ記事を書けばいいのでしょうか?

いろいろ悩みましたが、「巣ごもり」しなければならないときの過ごし方の有効な方法としては、やはり読書だろうと考え、書物をいくつかとDVDの1作品をご紹介しようと思います。

ただし、世界中の人間がウイルスと闘っている状況下ですので、そのことと関わる書物とします。

すでに、フランスの作家アルベール・カミュの『ペスト』(1947年発表、新潮文庫)はここにきて注目され、ベストセラーになっていることはメディアで報道されていますね。
原因不明の熱病患者が続出して、外部と遮断されて孤立した町で治療にあたる医師を通してみた市民たちの闘いの様相を描いています。この作品はあちこちで紹介されているので、割愛しましょう。

まずは、ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』(1997年、倉骨彰訳、草思社、文庫あり)をご紹介します。評判になった書物ですから、すでに読まれた方も多いと思います。


ニューギニアの熱帯雨林で鳥類の研究をしていた進化生物学者の筆者は、地元のカリスマ的な政治家ヤリにこんな疑問を突きつけられます。

「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」

世界のほかの地域でもみられるこの文明の不均衡、格差はなぜ生まれたのか。この疑問は素朴で明確なのに、それに答える学説はない。

「現代の世界は、ヨーロッパ人がアメリカ大陸・オーストラリア大陸・アフリカ大陸の五一パーセントを征服し、アメリカ先住民、オーストラリア・アボリジニ、アフリカ人がヨーロッパの四九パーセントを征服しているという状態にあるわけではない。現状はあまりにも偏りすぎている。人類社会の歴史の偏りが結果として生みだしたもの、それが現代社会の状況なのである。これほど偏った結果になってしまったことについては、もっと根本的かつ明確な説明があってもよいはずではないか。われわれに必要なのは、何千年前に誰がどの戦いで勝利をおさめたとか、誰かが偶然何かを発明した、という以上の説明である」

そこで筆者ジャレド・ダイアモンドは、人類1万3000年の過去(更新世の最終氷河期の後)にまでさかのぼった地点から、人類社会の変遷をたどることにします。
ともすれば多くの人たちが現在の格差は、生物的な差異を根拠にした人種差別的な説明で済むと信じています。

しかし筆者はそれを徹底的に排除して探求を進めていきます。
遠大なストーリーを、生物地理学や分子生物学、進化生物学、文化人類学、考古学などの最新の研究成果をもとにして推し進めていく、といえば、難しそうに聞こえますが、読者の好奇心・興味を引き出し、惹きつけて、つぎつぎとページを開かせてくれます。

この書物の「第11章 家畜がくれた死の贈り物」が、現在の新型コロナウイルス感染の「意味」を考える上でのヒントを与えてくれるでしょう。
今から5000〜6000年前に人間は集まって都市をつくるようになり、家畜を飼うようになる。狭いところで飼われる家畜は病原菌の培養器のような状態となり、家畜の病原菌が人間に感染する。感染した人間は抗体を持ち、病原菌をほかの地域に持ち込む。やがてひとつの文明を消滅させるまでになる……。

簡単に言ってしまえばこんな要約になりますが、病原菌がどのようなメカニズムで発生し伝播していくか、その結果、人類社会にどのような不均衡と格差を生み出したかがマクロの視点で述べられています。

さて、3月11日の朝日新聞に「感染症と社会、目指すべきは『共存』 山本太郎・長崎大熱帯医学研究所教授に聞く」という興味深い記事が掲載されました。読んだ方もおられることと思います。その一部を抜粋しましょう。

「多くの感染症は人類の間に広がるにつれて、潜伏期間が長期化し、弱毒化する傾向があります。病原体のウイルスや細菌にとって人間は大切な宿主。宿主の死は自らの死を意味する。病原体の方でも人間との共生を目指す方向に進化していくのです。感染症については撲滅よりも『共生』『共存』を目指す方が望ましいと信じます」

「一方で、医師としての私は、目の前の患者の命を救うことが最優先。抗生物質や抗ウイルス剤など、あらゆる治療手段を用いようとするでしょう。しかし、その治療自体が、薬の効かない強力な病原体を生み出す可能性もある。このジレンマの解決は容易ではありません」

──新型コロナウイルスについても「共存」を目指すべきですか。
グローバル化が進む現代は感染力の強い病原体にとって格好の土壌を提供する。流行している地域によって状況が違うので、新型コロナウイルスの真の致死率は明らかではありません。しかし、世界中に広がっていく中で弱毒化が進み、長期的には風邪のようなありふれた病気の一つとなっていく可能性があります」
「一方で、逆に強毒化する可能性も否定できない。原因ははっきりしませんが、1918~20年に流行したスペインかぜはそうでした」

「病原体との共生」というフレーズに興味を持ち、山本太郎教授の著書を調べたところ、『感染症と文明──共生への道』(2011年、岩波新書)がありました。

第1章のタイトル「文明は感染症の『ゆりかご』であった」が示すように、人類史の中で発生しては消滅し、あるいは姿を消したかに見えて再発したさまざまな感染症を取り上げ、感染症がどのように文明に影響を与えたか、また文明の発展につれて感染症はいかに変容していったかがたくさんの例で紹介されています。

なんとまあ、多種多様な感染症に人類は感染し続けてきたのか、と感嘆します。

筆者によれば、ウイルスは宿主となるヒトに適応するプロセスで病原性を変化させつつ、次の5つの段階を経るといいます。

①動物や家畜からヒトに感染するが、ヒトからヒトへの感染は見られない段階、
②ヒトからヒトへの感染は起こるが感染力が低いため、やがて流行は終息する段階、
③ヒトへの適応を果たし、定期的な流行を起こす段階、
④ヒトに適応してヒトの中でしか生存できない段階、
⑤ヒトに過度に適応したため、人を取り巻く環境の変化にウイルスがついていけず、ヒト社会から消えていく段階、

そして、5段階目の過剰適応でウイルスが消滅しても、その生態的地位に新しいウイルスが入ってきますから、ある程度の不利益(リスク、犠牲?)は認めつつヒトに適応したウイルスとうまく共生していくのが人類の未来ではないか、というのが筆者の見立てです。

ここまでは自然科学系の書物です。
次にオススメするのは、バイオ系SF小説というべきか、サイエンス・ミステリーというべきか、迷いますが、マイクル・クライトンの『アンドロメダ病原体』(1969年発表、浅倉久志訳、〔新装版〕がハヤカワ文庫から)です。



発表当時はアポロ11号の打ち上げ直前で、さらに米ソ間の宇宙開発競争や生物化学兵器の開発などの時代背景のもとに描かれたこの作品は、一大センセーションを巻き起こしました。作家のマイクル・クライトンのその後の作品『ジュラシック・パーク』は映画化されて、世界的なヒットを記録しましたね。

『アンドロメダ病原体』のあらすじは、アメリカ中西部に位置する、人口48人の小さな町に人工衛星が墜落する。機体に付着していた未知のウイルスが原因で、住人は死滅する──生まれたばかりの赤ん坊と、アル中の老人を除いて。感染拡大を恐れた軍はスペシャリストの科学者4人を派遣して、感染阻止を目指す。感染爆発が迫る戦慄の5日間が始まる……。
というものです。

この小説は1971年にロバート・ワイズ監督で映画化されました。日本ではタイトル「アンドロメダ…」として公開されました。現在、DVDで発売されています。

細部まで極めて緻密に作られているドキュメンタリー・タッチのSF映画で、刻々と静かに迫ってくる恐怖が、なんともいえません。
ロバート・ワイズは「ウエストサイド物語」「サウンド・オブ・ミュージック」そして「スタートレック」(劇場版第1作)などを監督した名匠です。

最後に、気楽に読めるエッセイをご紹介しましょう。
横尾忠則の『病気のご利益』(2020年、ポプラ新書)です。

子供の頃から虚弱体質だった美術家は「子供の頃、熱を出すと幻想世界で遊べる楽しみがあった」という。喘息、難聴、ムチ打ち症、骨折、動脈血栓、過換気症候群、帯状疱疹……。あらゆる病気の記憶を吐き出して、それを自然の摂理と受け止めて、駘蕩と生きていく世界の ヨコオがここにいる!

いかがでしょうか。
以上の書物やDVDを楽しんでいるうちに、新型コロナウイルスの感染が収まっていることを切に願います。

さて、私、門崎敬一はこの3月をもって文芸コースの教員を退職します。文芸を介してコースのみなさんとめぐり合い、スクーリングやテキスト科目の添削・講評を通してコミュニケーションを重ねたことは楽しく貴重な体験となりました。ありがとうございました。
「勉強は、楽しい」そう私は今になって思います。みなさんならきっと同意してくださるでしょう。
これからもずうーっと「勉強」していきましょう。
さようなら。

 

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