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芸術学コース

2021年03月29日

【芸術学コース】これぞ学びの集大成! 2019・2020年度合同「卒業研究懇話会」の紹介

みなさん、こんにちは。芸術学コースの大橋利光です。

芸術学コースでは、例年3月、卒業生のうち何名かの方にお願いして、学びの集大成である卒業研究の内容と、研究の過程での思い出やご苦労などをお話しいただく「卒業研究懇話会(卒研懇話会)」を開いています。今回は、3月27日に開かれた卒研懇話会の様子をみなさんにお伝えします。

先ほど卒研懇話会は例年開いている、と申しましたが、じつは昨年の卒研懇話会は、新型コロナウイルス感染症の拡大の影響から、やむなく開催を見送りました。このため今回は、2年ぶりの卒研懇話会、しかも初めてのオンラインでの開催となりました。



発表者は、今春卒業の2020年度卒業生に加えて、昨春卒業の2019年度卒業生も含めた9名の方々です。なんと4時間にわたる長丁場で、仏教美術、日本近代美術、現代美術、視覚文化論、服飾史など、さまざまなテーマでの報告でした。
報告の内容をお知りになりたい方もおられると思いますので、以下、非常に簡単ですが、私の視点から9名の報告内容を紹介させていただきます。



(1)洋画家・荻須高徳についての研究。
とくに、第二次大戦中にフランスから日本に帰り、仏印や満洲などでも活動したことが、戦後に再びフランスに渡ってからの幅広い活動の契機になった、という指摘が非常に目を引きました。戦前・戦中と戦後を断絶したものととらえるのではなく、両者の連続性をとらえようとする視角は、近年の美術史研究、歴史研究でも重視されているところだと思います。まだまだお話をうかがいたい思いです。

(2)京都・三十三間堂の二十八部衆についての研究。
「二十八部衆」と総称されている諸尊の一部に、近年になって名称変更があったことを取り上げ、その背景を探ろうとする興味深い研究でした。二十八部衆を一括しての国宝指定であるがゆえに、各々の尊名の変更が可能であったという点は、いわゆる「目からウロコ」の指摘でした。

(3)日本の障がい者アートの芸術的役割と社会的価値についての研究。
欧米における障がい者アートに関する取り組みを参照しつつ、日本の障がい者アートのあり方について、問題点を指摘するとともに、現実的な提言を行う内容でした。個人的には、指摘された各問題点が、まさに近代美術の制度の枠組みを描き出している点を興味深く感じました。

(4)マーシャル・マクルーハンのメディア論を参照しつつ、インターネット時代、スマートフォン時代の視覚文化論を論じた研究。
スマートフォンではとくに「ながら見」という態度が特徴的であり、この点でマクルーハンの「熱いメディア/冷たいメディア」という二項対立的な概念を拡張することが必要だ、との指摘には、うなずかされました。スマホやタブレットでは画面を直接触って拡大・縮小などの操作をするわけで、こうした点についても考えてみたくなる内容でした。

(5)洋画家・松本竣介についての研究。
とくに子どもを主題とした作品に注目し、それが子どもや家族への愛情にとどまらない普遍性を帯びていることを指摘する内容でした。戦争への抵抗という側面に注目が集まりがちな画家ですが、「子ども」という主題に注目した点、そして触覚を取り入れた描写に注目した点が、個人的にはとても興味深く感じました。

(6)洋画家・熊谷守一についての研究。
なかでも、4号以下の小さな油彩画と、「金釘流」で引っ掻くように画面に記された署名を通じて、熊谷にとって制作が持つ意味をとらえようとする内容でした。論文執筆に至るまでのゼミ報告では、板絵の素材となった木の板の材質と触感にまで目を向けておられたそうで、作品をより深く理解しようとする意欲を強く感じました。

(7)日本の儀礼装束において「白」という色が持つ意味についての研究。
花嫁衣装の「白」が「嫁ぎ先の家風に染まること」を意味するという俗説への批判を出発点として、白色の衣装の位相を歴史的に探る内容でした。個人的には、近代における百貨店の販売活動と、良妻賢母思想による女学校教育についての言及が、とくに興味深く感じました。いわゆる「創られた伝統」としての白色の衣装という切り口は、まだまだ奥行きがありそうです。

(8)アメリカの抽象画家マーク・ロスコが晩年に創り出した「ロスコ・チャペル」という鑑賞空間についての研究。
ロスコの個人史だけでなく、思想史的背景や、ロスコが実見したイタリアの教会のモザイク画にまで触れながら、ロスコがめざした鑑賞空間とはどういうものかをとらえようとしており、修士課程の修了生にふさわしく深みある内容でした。作品と空間に焦点を絞った研究でしたので、論文の主題の外側のことですが、そこに鑑賞者の「身体」という変数が加わるとどうなるか、いろいろと興味をそそられます(ロスコの作品を空間として鑑賞できる場所が日本から失われつつあるだけに、気にかかります)。

(9)日本において「神(神々)」や「魂(タマ)」が表象される過程を、「類化」という点に着目してとらえようとする研究
数十年来の構想を経た壮大な研究テーマのごく一部を卒業論文に仕立てたとのことで、日本における「タマ」の精神性の特徴と形成過程を論じることに集中されたようです。個人的には、それが近代・現代においてどのように変容してきたのか、また、東アジア諸地域との関係はどう考えられるのか、といった点にさらなる興味を持ちました。

いかがでしょうか。本当に幅広くさまざまなテーマの研究に取り組まれ、充実した成果を挙げておられる様子がうかがえるのではないでしょうか。
発表者の方々には、こうした研究テーマに加えて、研究を進めてきた感想や苦労話、後輩となる在学生へのアドバイスもお話しいただきました。ここで紹介したいところですが、長くなりますので詳細は省きます。ただ、ほとんどの方が、やり遂げた達成感、新しい視点が得られたことの喜びとともに、「もう少しやり残したことがある、さらに研究を進めたい」とおっしゃっていたことが印象的でした。

本学芸術学コースの卒業研究は、12,000〜20,000字の論文を書き上げるというものです。というと、「そんなに大それたことまでしなくてもいい」と、ちょっと遠慮してしまう方もおられるかもしれません。
しかし、実際に研究に取りかかってみると、むしろ20,000字の枠の中に収めることに苦労するほど、語りたいこと、論じたいことが出てくるものです。今回の発表者でも、なんと19,992字で提出した方がおられるほどです。
そして、この卒業研究こそ、芸術学コースの学びの中で最も「おいしい」ところだとも言えます。受け身になりがちな学習から一歩抜け出して、自分でテーマを決めて研究に取り組み、その成果をまとめる。その過程を経たからこそ味わえる、自分の視点への確信と、さらなる学びの継続への意欲、学ぶことの喜びがあります。ゴールまで駆け抜けたマラソンランナーが持つ、爽やかな充実感と、次のレースを見据えた気構えにも似たものがあると言えるでしょうか。

本学芸術学コースの最大の難関であると同時に、最大の魅力でもあるのが、この卒業研究です。今回の卒研懇話会には、これから卒業研究に取り組む在学生も含め、約70名ものみなさんにご参加いただきました。
ひょっとすると、発表内容のレベルの高さに尻込みして、「あんなにすごい研究はできない」と思われた方も、あるかもしれません。しかし、ありきたりのことかもしれませんが、誰でも最初は初心者です。芸術学コースでは、学びはじめから卒業研究まで、そしてさらに先をにらんだ研究まで、先生方が非常に熱心に丁寧に、そして親身に指導してくださいます。「学びたい、知りたい」という意欲さえ失わなければ、きっと、入学前時点での「想定以上」のレベルに到達できるはずです。

かくいう私も、実はこの芸術学コースの卒業生です。在学中、先生方は、「この程度やれば十分、これ以上はやらなくていい」とは一切おっしゃらなかったことが記憶に残っています。周囲を見て妥協するのではなく、自分で突き詰めていけることはどんどん突き詰めていけばよい。そうやって、先生方に背中を押していただいたのだ、それによって私は前に進むことができたのだ、と思っていますし、それは今も変わっていないのだとも思います。

この記事をご覧になっている方の中には、芸術学コースの在学生の方、また、入学を検討されている方もいらっしゃることでしょう。卒業研究の完成までたどり着くためには、たしかに相応の努力が必要です。
ですが、そこで得られるものは本当に大きなものですし、失うことのない自分にとっての宝物になるはずです。ぜひ、この記事をお読みになっているみなさんにも、この自分だけの宝物を生み出していただきたいと思います。

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