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アートライティングコース

2021年06月23日

【アートライティングコース】手によって、人間は思考の手ごたえに触れる(アンリ・フォシヨン)

こんにちは。アートライティングコース非常勤教員のかなもりゆうこです。
朝早くから明るく、鳥のさえずりが響きわたる季節ですね。梅雨の真っ只中ではありますが、雨のなかの緑は輝いていますし、動きづらさはまだすっきりと晴れないものの、皆さま自分なりの方法で「今できることをやろう」という思いを強くしておられることと思います。着実に実動すること、形にすることに、身を入れていきたいですね。

タイトルに掲げましたのは、アンリ・フォシヨン『形の生命』(1965年、岩波書店)に併載された小論「手の称賛」のなかにある言葉です。人は労働をしながら社会生活を営むことで手を進化させてきましたが、手は私たちの総体的な進化を促すものでもありました。手は人間を進化させ、人間は手とともに進歩したのです。

手はまず認識の器官です。空中にかざして風を感じ、動かして形や空間を測る。指そのものが数であり、数量を把握します。やがて原始の人間が石や木を削り、自作の道具を使って活動しようとしたとき、物の内部に入り、物の意味に近づいていったのです。絶えざる試行錯誤は、手が物を掴んで物を作るだけでなく、手がものを考え記憶する器官であることも育んでいきました。
そして、言葉の本質とは、意味、つまり思考の表現です。また、発声にも手の動きは伴い、言語にはずみを与え、文節を区切り、身振りを添えて言葉を彩ります。
手間をかけてつくったものは(たとえそれが文章であっても)物質的な重みを持っています。

 


 

さて今回は、5月に行った催し『月ノ座@白亜荘 エフェメラとしての郵便物』について、写真を多数掲載しながら紹介したいと思います(撮影:草本利枝)。
「月ノ座」は村松美賀子先生のアトリエです。ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計で築100年にもなるアパートメント「白亜荘」の中にあります。私は1年程前から郵便物の作品を作ってきたのですが、何通かたまってきたこともあって、展示させていただくことになったのです。関連の品々や気になる本も選んで並べ、訪れた方々に特別な時間と場所を味わってもらうための月ノ座(=村松先生)と私のコラボレーションといえるサロン的な展覧会です。ちなみに「エフェメラ」とはギリシャ語で「かげろう」の意で、転じて一時的な印刷物・紙もののことも指します。


〔上/右下〕月ノ座のテーブルの上にはこれまでに発送した郵便物。〔左下〕自作の葦ペンとそれを使って書いた文字が最初にお客様を迎えます(「Papery-papier-prayer」紙のように軽やかなパピエの祈り、というような意)。じつは催しの案内状もささやかなメールアートになっており、鵜殿のヨシ原で採取してきた葦をアートピースとして同封しました。黒い本は『ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ』。コーネルも冊子を自ら編集、自費出版して知人に送っていたのです。

 

〔上〕郵便の各号にはポストカードやオブジェなど視覚のもの、便箋や小冊子仕様の文字のものを軽やかに封入。〔下〕左右に見える本は、催しの準備中に読み込んだ谷崎潤一郎『吉野葛・蘆刈』と平出隆『葉書でドナルド・エヴァンズに』。「蘆刈」は私が撮影や葦採取に通う大山崎・水無瀬の辺りを舞台にした小説です。谷崎もふらりと散歩に出掛けた場所として、またここが古から幾多の記述に登場するということを思い浮かべながら歩くと、吹く風の心地も変化します。『葉書でドナルド・エヴァンズに』は架空の国の切手を描き続けた夭折の画家ドナルド・エヴァンズに向けた書簡形式のエッセイ。紀行文でもあり小説でもあり詩でもあると言えるでしょう。

 

〔左上/下〕月ノ座の本棚。私が持参した本も少し加えていただき、村松先生が今回のために本を選び直して本棚をつくってくださいました。いろいろな本との繋がりの世界に居ることが心を支えてくれます。〔右上〕刺繍用リボンで作った極小の輪つなぎのオブジェ。

 

〔上〕ポストカードセットを包装したもの。ネパール製の三椏の手漉き紙に包み、薄葉紙を細く折った手提げ紐を掛けています。〔下〕棚上段:フランスやオランダやスロベニアのものなど、ストックしていた紙類をセットに。棚中段:グラシン紙から彫り出した極小の紙片を瓶詰めにしたマルチプル〈雪片〉。棚下段:月ノ座にあるアンティークの香合に、残り布や糸を使ったドローイング的な小品〈Cordel〉を組み合わせました。

 

エジプトのパピルスの切れ端、ヴェネチアやベルギーのプリント紙、ドイツのトランスペアレンシー、日本の羽入り紙等々の東西の紙のストック、ペン書きにすこぶる適した白い筆記用紙類、あちらこちらの国の封筒のコレクションを手製のファイルに詰め込んだ〈Paper & Envelopes〉。

 

〔上〕〈Cordel〉のシリーズは様々な形態の本を調べていたときに出合った“紐の本”からイメージを膨らませたもの。〔下〕その左右に展示してあるのはベルギーのボビンレースの型紙。使い込まれた紙の風合いの魅力とともに、古いものの霊力と対峙できるようにと、この空間に置きました。

 

場を通じて人をもてなし、ともに過ごす会の報告、いかがでしたでしょうか。
皆さまもこれから文章を書き、成果物づくりをした後に、発信や共有の機会を持ちたいと思うことがあるかもしれません。それがどのような形のものかは、日々行っていることから導き出されることでしょう。
思考や作業の積み重ね、場所や物との親しみ。呼吸をするようにそれらを続けていくことによって、運命的に引き起こされる偶然というものがあります。行為と言葉は統合されて、必要なものをつらねてくれるのです。

 

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