在学生データ・卒業生紹介

この学部では、18歳から96歳までの、職業も、生きてきた世界も、
まるでバラバラな人たちが、日本全国から集い、学びつづけている。

ただひとつ同じなのは、芸術へのつきない想い。

※2016年3月、96歳で陶芸コースを卒業された平田繁實さんは、世界最高齢での大学卒業としてギネス世界記録に認定されました。

藤本 英樹
建築デザインコース
18年度卒業
兵庫県在住 47歳

働きながら

「何十年ぶりだろう。こんな風に仕事ぬきで、純粋に何かを学ぶなんて」。多忙なIT業界で働きながら、再び学生になることを決めた藤本さん。学びとして「建築」にふれ、新鮮な喜びをかみしめていた。といっても、それはまだ入学して間もない頃のこと。「正直なところ、通信だから楽にこなせるものだろう、と甘く見ていたんです」。建築デザインの魅力に目覚めたきっかけは、仕事の気晴らしにと手にした一冊の作品集。「いつか小さな別荘を自分で設計できたら、などと妄想していたら、たまたま”通信で芸大“それも建築が学べると知って」。勢いよく飛び込んだのは良かったものの、学べば学ぶほど、建築というものの奥深さに圧倒されていった。
「たとえば窓の高さ、柱の位置など。図面の線をひとつ引くにも”なぜそこなのか、そのかたちなのか“、はっきりした意図がなくては。理由を聞かれて答えに詰まるようではダメなんです」。もちろん「好きだから」「美しいから」といった主観では済まされない。論理的に考えを構築し、相手に伝える力を磨けたことは、仕事にも役立っているという。「最大の難関だった卒業制作も、同じように生活を抱えてがんばる学友たちと声をかけあい、なんとか乗りきることができました」。
かくして、無事に学びを遂げた藤本さん。「人間と建築との関係性を、もっと自分のなかで掘り下げたい」と大学院へ。研究を深めながら、一級の建築士資格取得をめざしている。「いまの仕事にもやりがいを感じているので、すぐに転職を、と考えているわけではありません。ただ、これからの長い人生、ずっと自分なりの形で建築と関わっていけるようにと」。建築の豊かさを学んだからこそ、長い目線での付き合いを考えるようになった、という藤本さん。「やっとドアを開いたら、はるか向こうにまた次のドアが見える。すごい世界に入り込んでしまいました」と晴れやかに笑う。

ロングインタビューはこちら

井上 待子
文芸コース 14年度卒業
染織コース 17年度卒業
京都府在住 70歳

定年後

「”なにしてんの、まち子先生!“と大声で昔の教え子に呼びとめられちゃった。せっかくキャンパスでは経歴を隠していたのに」と苦笑する井上さん。高校の体育教員として担任や部活を受け持ち、ほぼ休みなしの37年間。「たいした趣味もないし、定年後は母の世話にあけくれよう」と思っていた矢先、その母が永眠。「これからは、好きにしていいよ」と言われた気がして、一念発起して本学の文芸コースへ。「そういえば若い頃、文学を学んでみたかったなと。最初は不安でしたけどね、クラスメイトが難しい本ばかり読んでいるので」。お堅い文章は最後まで性にあわなかったものの、気どらない語り口のエッセイが高く評価され、卒業研究では優秀賞に。「そこでいただいた自信や、尊敬する作家であり染織家の活躍に背中を押されて」新たに染織コースで、学生ライフを延長することになった。
「じつは七夕生まれで、”織姫“になるのが長年の夢だったんです」。織機の扱いは大体知っていたものの、下絵などの”絵を描く“作業は中学生以来。最初はまるで描けなかったのが、課題で日課のようにつづけるうち、少しずつかたちをつかめるようになったという。また、別の課題で感動したのが、身近な雑草から生まれる色の美しさ。「ちょうど卒業制作にさしかかったとき、かつて住んでいた団地が取り壊されると聞いて」父が植えてくれた笹で糸を染め、着物に仕立てようと決めた。「笹の命を、家族の思い出を、色とかたちで残したいと思ったんです」。
卒業後は小物ばかりつくっていたが、傘寿を迎える姉のため、こんどは自分ひとりの力だけで、着物を織りあげることに。「文芸コースの学びも組み合わせて、小説をモチーフにした着物づくりに挑戦してみます。いつか、手づくりのエッセイ本もつくってみたい」と、たくさんの予定を楽しそうに語ってくれた井上さん。文(ふみ)織姫の冒険は、これからもつづく。

鈴木 さやか
空間演出デザインコース
18年度卒業
東京都在住 27歳

高校から

高校を出て、18歳で本学に入った鈴木さん。あえて通信制を選んだ理由は、「やりたいことが、ありすぎたから」。その1つめが、大学で本格的にデザインを学ぶことだった。「それでも最初は、通学しか頭になかった」という考えが一変したのは、ある大学のオープンキャンパスを訪れたとき。「”とりあえず、しかたなく進学する“といった子が多くて、同じ志望者としてショックでした」。そんなときに母親から見せられたのが、本学の新聞広告。「同じオープンキャンパスでも、こちらは本気で学びたい方の熱意でムンムン。ここなら好きなことができそうだと」。とくに卒業制作がユニークだった空間演出デザインコースに進み、いよいよ高校時代から書きためてきた”やりたいことリスト“を実行することになった。
同世代とのシェアハウス。そこで出会った友人の手伝いで町おこし。子どもたちにデジタルアートを教えるボランティア。社会勉強と生活を兼ねた多種多様なアルバイトなどなど。こうした活動に、コースの学びが役立つこともあれば、逆に、実践での経験を課題に活かせることもあった。そして何よりも大きかったのは、「デザインを通して自分の想いを外に出すことで、たとえダメでも行動できるようになった」こと。
力をくれたのは、年の差など関係なく対等に接してくれたクラスメイトたち。じっくり学びに向き合ってくれた先生方。そして、知れば知るほど好きになる、空間演出デザインの学び。「どうしても仕事で活かしたくて、苦しい就職活動をつづけた結果、内装デザインの会社で働けることになりました」。大学で得たソフトの知識や、二級建築士の受験資格が認められ、実務にも役立っているという。「なんだって自分次第で、やれないことはないから。後悔しない人生を送りたいです」という鈴木さん。「いつかは、業界誌で紹介されたり、賞を獲るような仕事を手がけられたら」と、新たな希望をリストの上に刻んでいく。

ロングインタビューはこちら

竹政 節子
日本画コース
12年度卒業
群馬県在住 72歳
竹政 新吾
陶芸コース
在学中
群馬県在住 75歳

家族で

家族でほぼ同時期に、本学に入ってきた竹政さん。てっきり仲良し一家なのかと思えば、そういうわけでもないらしい。「広告を見てパンフレットを取り寄せたら、娘が”私の入学したところだよ“って」。先を越されてちょっぴりくやしそうな、妻の節子さん。ちょうど、仕事や子育ての合間で描いてきた趣味の油絵に、行き詰まっていたという。「いっそ未知の日本画へ」と、独立して横浜に暮らす娘とは別に、群馬から入学を決めた。
「色を重ねるのも苦手だし、金箔も下手だし、と愚痴っていたら、”苦手意識を持って、いいことはひとつもありませんよ“と、先生が」。たとえ上手でなくても、味わいになればいい。見方さえ変えれば、すべてのことに意味がある。そう気づかされてハッとした。「以来、なるべく”苦手“と思わないようにしています。制作でも、人づきあいでも」。
そんな節子さんの成長を身近で感じていたのが、妻のやる気に触発されて入学した、夫の新吾さん。IT系の仕事で大成したものの、芸術面はさっぱり。「”お父さん、わかってないね“とアート好きの妻や娘にあしらわれるのが悔しくて」と笑う以外に、もっと深い理由もあった。「IT業界では、長年の努力や経験もたちまち時代遅れに。知や技を積み重ねる芸術の世界に、密かな憧れがあったんです」。
「一番できそうな」陶芸コースを選んだものの、すべてが初体験。忙しい仕事と両立できず、一度はあきらめかけたものの、なんとか卒業制作にこぎつけた。「自分にもできた、という自信だけでなく、大きな世界観をもらえました」。まるでコンピュータのように1か0かで判断しがちな自分が、「あいまいさ」の美しさに気づけた。ものごとをより深く見る、新たな眼差しを手に入れた。「美術のこと、先生や課題のこと。互いにわかりあえる話題のおかげで、家族の会話も増えました」という竹政さん一家。芸術がもたらしたのは、あたたかい「つながり」のチカラでもあった。

ロングインタビューはこちら

真殿 修治
芸術教養学科
16年度卒業
千葉県在住 60歳
大学院 学際デザイン研究領域 在学中

卒業しても

「香りがね、あるんですよ、それぞれの日本庭園ごとに。昔からいろんな庭園を訪れていまたが、教わってはじめてわかりました」と目を輝かせる真殿さん。芸術教養学科を卒業したいまも、大学院で学んでいる。入学したきっかけは、「これからの時代、ビジネスの世界にも芸術的教養のある人材が求められる」と職場で感じたこと。まず自らが実践しようと、多忙な身でありながら進学を決めた。予想以上にうまくいったのは、出張の移動中など、空き時間を活用できるオンラインならではの学習スタイル。想像以上に厳しかったのは、仕事ひとすじで凝りかたまっていた自分の考え方に対する、先生方からの容赦ない指摘。「歳を重ねて役職につくと、叱ってくれる人もいなくなります。ときにキツイなぁと感じても、自分では気づかない課題点を明らかにしてもらえるのはありがたいですね」。
本格的な学びを通して、「ものごとを観察し、整理して答えを見つける”デザイン思考“は、個人レベルでも事業レベルでも、さまざまに応用できるはず」と確信した真殿さん。幅広くビジネスで活かせるよう、実践力を磨くために大学院へ。多彩な学友の研究にふれるグループワークで、個人的な興味の幅も広がったという。「香りや花、風景、建物、陰影など。オンラインの大学だけど、その内容はリアルな世界につながるものばかり。さまざまなものの見方を学んだおかげで、なんとなく目にしてきた景色や社寺を、より深く楽しめるようになり、広い意味で人生が豊かになりました」。
「まだまだ学びの入り口に立ったところですが、私がつくる旅行プランの芸術面が充実したので、とりあえず妻には喜ばれていますよ」と笑う真殿さん。大学院を修了しても、学びの習慣はなくしたくないという。「”永遠に生きるかのように学びなさい“という偉人の言葉を聞いて、素晴らしいなと。私も、少しずつだとしても、元気のあるかぎり学びつづけたいです」。

ロングインタビューはこちら

梅田 美穂
和の伝統文化コース
20年度卒業
山梨県在住 53歳

次代へ

「そういえば、私、なんにもわかっていない」と、入学を決意した梅田さん。長年、花道を習ってきて、生け花の作家や指導者としてのキャリアもありながら、本学の和の伝統文化コースへ。
「あるとき外国人学生の方々に、生け花を教える機会があったんです。すると、こちらの答えに詰まるような質問がつぎつぎと飛び出してきて」。なぜ、花道は型どおりに生けるのか? なんのために花道があるのか? 自分が何十年も当たり前だと思ってきたことを、なにひとつ説明できないという事実に気づかされ、少なからずショックを受けた。「日本人として知っておきたいこと、伝えていきたいことを、あらためて学んでおこうと思ったんです」。
入学して出会ったのは、他流派の花道をはじめ、茶道、和歌など、さまざまな日本文化の”素顔“。どれも、うわべだけで知ったつもりになっていたけれど、本当の奥深さを体感できたという。なかには、現代ドラマと同じようなストーリーにワクワクするものも。「ある平安時代の歌謡に、女どうしの壮絶なバトルが描かれていて。昔の女性もたくましい!と痛快でした」。
思い込みを捨てて、まっさらな気持ちで向き合えば、色あせてみえた伝統もいきいきと輝いてくる。その豊かさにふれて、自身の意識が変わったことが、梅田さんの生ける花そのものを変えたという。「自分ではよくわからないのですが、長年の師匠や身近な方から、”別人の作品かと思った“とお褒めいただきました」。
一方で、伝統文化のすばらしさを知れば知るほど、強く気にかかることもあった。それは、次の世代に受け継がれているのか、という危機感。「自然を尊び、万物を愛でる。そんな日本の心を伝えられたら」と、お花の展覧会などの活動にいっそう力を入れるようになった梅田さん。自分らしいかたちで、かけがえのない学びのリレーを、つぎの時代へつなげていく。