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美術科

洋画

OIL PAINTING

基礎を身につけたうえで多種多様な表現を学び、
自分の造形スタイルを追求。
芸術性豊かな作品を制作します。

コースの特長

01基礎から確実に成長。

各年次の目標を明確に定め、初心者でも、基礎から確実に習得し、それぞれの自己表現にすすめるカリキュラムを整えています。

02「視る」「探す」楽しみを発見。

綿密な観察描写で「視る」「探す」楽しみを発見しつつ、異種素材により造形表現の可能性を追求。自らの絵画制作に臨みます。

03卒業後に描きつづける力を身につける。

卒業制作年次には、一年間にトータルして100号を制作。この創作力が、卒業後における制作の継続に、力と勇気をもたらします。

東京だけのスクーリングで卒業可
週末2日間 スクーリング
大学、短大、専門卒の方は、最短2年卒で卒業可

学びのポイント

合評で多様な意見を吸収

合評とは、スクーリングの最終日に行われる課題作品の合同評価。各自が作品の意図などを説明し、それに対して講師から各作品へのコメントやアドバイスを伝えます。他の学生からの意見や、自分以外への指導も参考になります。

添削で自宅学習も充実

添削とは、提出した作品課題の評価に添えた講師からのコメントやアドバイス。評価の理由から全体的な印象、部分的な表現まで、きめ細かく指導します。

学びのステップ

STEP1

デッサンを基本として、「見る」「描く」の基礎を身につける。
鉛筆や木炭デッサン、油彩にひとつひとつ取り組むなかで、形態、明暗、量感、空間、構図など、造形に必要なことがらを学びます。丹念に観察して対象をとらえる方法を身につけながら、鉛筆や木炭など描画用具の使い方、油絵具の色や、混色についても学んでいきます。

 スクーリング科目例 / 牛骨鉛筆デッサン制作を通して、モノの形態や明暗のほか、鉛筆の扱い方、対象の捉え方について学びます。

STEP2

色とカタチを構成し、
絵画の造形表現を学ぶ。
「デッサン」「ドローイング」「油彩」「アクリル」などさまざまな素材を用いて制作。対象を観察描写することから一歩すすんで、色彩や形態の構成について学びます。また、立体制作やコラージュ、多彩な画材による制作に挑戦することで、新しい発見を得たり、絵画造形への理解を深めます。

 テキスト科目例 / 人物油彩「鏡面に映る自画像と室内風景」鏡面に映り込む、ゆがんだ形態から面白い構図を探し、画面構成の魅力をつかみます。

STEP3

自由制作を通して
自分の表現を探る。
モチーフと向き合い、思考と絵画表現の関係を探るなかで、再現にとどまらない各自の表現を展開させていきます。また、抽象絵画の誕生から現在までの流れを学び、表現の領域を拡大していきます。

 テキスト科目例 / 自由制作Ⅰ(発想)自由制作を通し、絵画を制作していく上で不可欠な「テーマ」を探っていきます。写真は教員による講評会。一枚一枚真剣に見ます。

STEP4

個人の視点や特性を、
独自の表現につなげる。
担当教員の指導のもと、これまでの学習の集大成として卒業制作に取り組みます。自己の感性や思いと社会との接点を意識し、ひとりひとりが卒業後の表現を構築することをめざします。

入学~卒業までのステップ

4年間で学ぶことがら

1年間の学習ペース

【1年次入学】専門教育科目の1年間の履修スケジュール例

【3年次入学】専門教育科目の2年間の履修スケジュール例

学費の目安

授業料 300,000円
スクーリング受講料 104,000〜128,000円
1年間の合計金額 404,000~428,000円

卒業までの合計⾦額(4年間)
1,616,000~1,712,000円

  • ※入学初年度は、上記に加えて⼊学・編⼊学選考料20,000円と、⼊学・編入学金30,000円、学生 教育研究災害保険料140円の合計50,140円が必要となります。
  • ※スクーリング受講料は、科目の種類や開講場所によって料金が異なります。
  • ※単位修得試験受験料はWebで受験の場合は無料、会場での受験の場合は1科目2,000円必要となります。
授業料 300,000円
スクーリング受講料 156,000〜192,000円
1年間の合計金額 456,000~492,000円

卒業までの合計⾦額(2年間)
912,000~984,000円

  • ※入学初年度は、上記に加えて⼊学・編⼊学選考料20,000円と、⼊学・編入学金30,000円、学生 教育研究災害保険料140円の合計50,140円が必要となります。
  • ※スクーリング受講料は、科目の種類や開講場所によって料金が異なります。
  • ※単位修得試験受験料はWebで受験の場合は無料、会場での受験の場合は1科目2,000円必要となります。

教員メッセージ

上田 淳教授

臆せず、気張らず、扉を開けて、
白いキャンバスを自分の世界に。

奥田 輝芳
OKUDA Kiyoshi
教授

2019年「DECADE」(galerie weissraum・京都)、2019年「natural」(ギャラリー恵風・京都)、2018年「nara」(ギャラリー勇斎・奈良)、2017年「abstruct」(ギャラリーヒルゲート・京都)、2016年「time」(galerie weissraum・京都)、しがの風展、Ge展等に出品。

「natural」(2019年)

このコースでは何を学べますか?
見ること描くことを通して自己の世界を体得。
洋画コースでは、まず「自分の眼と手」を尊重します。今まで見てきた「ものごと」の多くが、世間の常識や一般的な知識であるなか、真に「見ることとは何か」を探ります。見て描くことを自分の中に蓄積するうち、自己の表現したい世界が形となって現れ、創造の面白さを知るのです。また、通信で大事なテキストによる自宅学習についても、丁寧な添削指導やWebを活用した独自の教材により、教員がわかりやすく指導。多彩なアーティスト集団でもある洋画コースの教員、その個性的な対面指導で、自宅での学びをあらためて理解できます。テキストとスクーリングが連携し、技術向上を担うのです。
通信教育という点での配慮は?
教員全体でひとりひとりを指導。
スクーリングは学びやすい土日の2日間で実施。お困りのことやわからないところについては、学習相談会など授業以外のサポートも行っています。また、自宅学習の具体的な内容や方法を参照できるよう、詳細なテキストや動画、参考作品を掲載したWeb学習(airU)も充実。教員への質問も、airUやメール、FAX、郵送で随時、受け付けています。皆さんの学びの進捗状況や指導は、一人の指導者に偏ることなく、教員間でしっかり共有。学生個人レベルから学年全体レベルまで、常に俯瞰できる状況を整えています。
最後に、入学志望者へのメッセージを。
絵がもたらす何かをその手に。
私は、高校生時代に油絵と出会いました。大学でも絵を学び、素材は多少変わりましたが、今も絵を描いています。絵を描き続けていること、続けてこられたことは、私にとって本当に幸福なことです。絵と向き合って日々更新される画面を見ていると、毎日が新鮮で、次にやることがどんどん増えていきます。増えすぎて逆に苦しむこともありますが、今はそれさえも楽しみの一つにしています。今、入学を考えていらっしゃる皆さんが、ご自宅で絵具を広げ、描きかけの絵を眺められる環境をつくるのは、少々大変なことかも知れません。しかし、一歩を踏み出し、描くことを始めれば、新しい世界が必ず待っています。その世界は「自身が描き上げた作品」という創造世界であり、その作品を通して生まれる新しい出会いがあります。大学には、一緒に絵を描くだけではなく、一緒に語れる人がたくさんいます。ぜひ、お待ちしています。

変わる自分×洋画=

北村 多希子
洋画コース(1年次入学)
'19年度卒業 滋賀県在住55歳

卒業制作の勢いはコロナ騒動で途切れたものの、あらためて新作を構想中。「いずれ足腰が衰えても、絵ならつづけられる。そう思ってあせらずに描きつづけます」

きらきら生きる

「何よりも、私自身が変わりました」と、学生生活を振り返る北村さん。ずっとつづけてきた手芸の技を高めようと本学へ。まず驚いたのは、スクーリングでもテキスト科目でも、ひとつひとつの指導がきめ細かく、丁寧なことだった。「以前に通っていたデッサン教室では、なぜ直すのか、なぜその色なのか、何も問えず指示通りにするだけだったので」。ここでなら、先生とのやりとりを入り口に、いろいろ模索しながら、自分だけのやり方を身につけられる。「キャンバスを並べる学友たちも、私にとっては貴重な先生でした。どう描きすすめていくのかを間近で眺めさせてもらったり、直接教わったり」。限られた時間内で仕上げる緊張や集中力を身体に覚えさせたくて、あえて構想中のままスクーリングに臨むこともあったという。さらに、個性が異なる先生方の意見や、藝術学舎で教わった新しい技法など、さまざまな学びを経て、卒業制作のテーマをつかんだ。

「自分が見ていて癒される、〝輝くもの〞を描きたい。それも、高価な宝石とかじゃなく、道端のゴミなのに光を放っているような」。心に決めてからは、自宅や旅先、インターネットなど、あらゆるところに目を凝らし、ついに「割れたビンのカケラ」に偶然の美を発見。その輝きが引き立つよう、あえて難しい技法にもチャレンジし、制作に打ち込んでいった。一時、その筆が止まったのは、実家の父親が倒れたとき。最期を看取り、再び画面と向き合ってからは、絵が好きだった父への想いも作品の中に注ぎ込んだ。「私にこんな大作が描けるなんて想像もしなかったし、大嫌いだった本もいっぱい読むようになった。家族からは、ボンヤリのママが引き締まった、なんて」。笑いながら、自らの変化を数えあげる北村さん。その目に宿した輝きは、人生の暗いときも明るいときも、描く道を示しつづけてくれる。

確かな自信×洋画=

木村 愛美
洋画コース(3年次編入学)
'18年度卒業 兵庫県在住31歳

他人からの賛辞やアドバイスが、これまでにないモチベーションに。「卒業後、もう皆と描けないのがさびしく思える時もあります。元々ひとりで描いていたのに、不思議ですね」。

光を得たキャンバス

だれに見せるでもなく、ずっと、ひとりで描きつづけてきた。幼い頃に祖父母の家で見て、憧れてきた油絵を。「見る」から「描く」に変わったのは、短大時代の授業がきっかけ。身体の事情で中退したものの、木村さんの、絵への想いは断ち切れなかった。「ただ、独学で描いても悩みが深くなるばかりで。いちからきちんと教わろうと見つけたのが、本コースでした」。体調に不安のある自分でも、通信なら、絵にも大学にも再挑戦できる。入学を決めるのに迷いはなかった。久しぶりのデッサンや、人前での発表に一喜一憂しながらも、基礎から学び直すことで自身の絵が変わるのを感じた。「webスクーリングも面白いし、対面授業でいろんな世代の方と話せるのも楽しかったです」。しかし、3年次の自由課題まですすんだとき、入学前からの難問が再び立ちはだかった。

「何を描けばいいか、わからない。それが一番の悩みでした」。技法や色彩には的確なアドバイスをくれる先生も、その人のテーマまでは教えられない。頭を抱えた木村さんが始めたのは、とにかく描いて、描きまくること。そして、描いた絵の共通点を探していくと、「光があたっているもの、それが、私の答えでした」。以後は、糸がほどけるように制作がすすんだ。身の周りのあらゆるものをライトで照らし、心惹かれたモチーフをキャンバスに写しとっていく。

描きたいものが見えると、おのずと筆先にも勢いがついた。「大学の広い教室だと、家では気づけなかったバランスの悪さもわかるから」。先生から何度も「休憩をとって」と言われるほど、ひたすら絵に集中し、ついに大作の卒業制作を完成させた。「ひとりで描いていたときは、作品を人に見せる気にもならなかったけど」。学びをやり遂げたいまは、その自信を力に、公募展にも挑んでみたいという木村さん。静かな明るさを湛えたその絵は、これからさらに、光をあてられていくだろう。

自己への挑戦×洋画=

宇佐美 寿子
洋画コース(3年次編入学)
'17年度卒業 愛媛県在住53歳

卒業制作を二紀展に応募するほか、地元の展覧会や同窓生たちとの展覧会へ出品する予定。「美大へ行く夢を叶えました。これからは、夢を育てるべく、制作をずっとつづけていきたいです」。

なんでもない画

小さな川、小さな橋。なんの変哲もない路地裏の光景。このなんでもない風景を描くために、宇佐美さんは本学へとやってきた。「ずっと地元で生きてきたので、京都への進学は、人生最大の冒険でした」と笑う。絵を描くのは幼い頃から大好きで、芸大に憧れたこともある。しかし仕事や家事に忙殺され、気づけば30年近く絵筆を握っていなかった。「ようやく自分の時間が持てたのに、一体何をどう描けば…」と困惑。一方で、描けなかった年月に人間として経験を積み、若い頃とは違う絵が描けるのでは、という想いもあった。

「とにかく踏み出そうと入学。全国から集う学友に刺激され、スクーリングを受けるごとに、絵を描く楽しさを思い出していきました」。なかでも衝撃的だったのが「自分の記憶から絵を描く」デッサンの授業。「描いてみてビックリしました。子ども時代の何気ない光景が、あまりにも鮮やかによみがえってきたから」。川面に揺れる七夕の短冊。小窓から覗く人々の営み。朝に夕に通った近所の道。「どれほど深く染みつき、いまの自分のもとになっているか、あらためて思い知りました」。さらに合評で一人ひとりに異なる学友の記憶に触れ、「これこそが自分にしかないものだ」と確信。卒業制作として地元のありふれた風景を選ぶことに、もはや何の迷いもなかった。

「なんでもないようですが、私にとっては、ここにしかない風景なんです」。ときに厳しく批判された先生方からも、思いがけない賞賛や激励を受けた卒業制作。地元のギャラリーで個展を開いたところ、多くの人に「懐かしい」「癒やされた」と喜ばれた。「うれしかったですね。先生にも、その道は間違ってない、と言ってもらえたようで。大学へ行って良かった」。ふるさとはだれの心にもあり、その人生を励ましつづける。同じ場所を描きながら、若い頃よりもずっと明るくなっていた宇佐美さんの画。その風景は、これからも、心の光となっていく。

好きなこと×洋画=

島田 靖子
洋画コース(1年次入学)
'16年度卒業 東京都在住79歳

学内外の展覧会や公募展に、どんどん出品を計画中。「卒業して、完全に孤独な制作を経験し、できた作品はひとりでも多くの人に観てほしい、という思いが強まりました」。

77の愛

その年、だれよりも情熱的にあざやかに100号の大作を描ききり、学長奨励賞を獲得した島田さん。本コースへの入学を決めたのは、71歳の時だった。「孫の世話も一段落して、もう好きにしていいかなと」。年齢や体力が気になったものの、「今やらないと後悔するよ」という娘の言葉に背中を押された。「入学して驚きました。牛の骨とか、布の塊とか、これを絵にするの?というものばかり」。しかし描きだすと、微妙な影やラインが見えて筆がすすんだ。「初めてのことばかりで、何をしても楽しかったです」。

学生以来のレポートに「本当に124単位もとれるのか」とひるんだものの、新たにできた友人と励ましあって地道に努力。「古今東西の美術史を学び、美術館に行くのが面白くなりました」。そんな大学生活の中で最大の衝撃が、人生初の抽象画だった。「自分に描ける気がしなくて、スクーリング2日目まで白紙のまま、最後にもういいや、と」。手の動くままに描いたものが、思いがけず褒められた。「〝絵は自由でいいんだよ〞という先生の言葉を、初めて実感できました」。

しかし「自由」を支持する先生も、「自己満足」は決して認めない。「卒業制作の準備科目に何度も不合格となり、計8枚、描き直しました」。けれど、その過程こそが、作品と自身の成長につながったという。「ようやく制作にすすんでからは、描くのが楽しくて楽しくて」。あえて木製のキャンバスを選び、子どものようにひっかき、かつ、愛しむように多彩な色を注ぎこむ。その画面からあふれるのは、描く楽しさと学友たちへの愛。「支え合う仲間がいた、だから楽しかった。そんな自分の心に気づいて」。卒業して新作を手がけ、「これからは本当にひとりで描くしかない」とあらためて実感したという島田さん。たとえ孤独な作業でも、心の中には、先生の教えや皆の姿が息づいている。その愛を力にこれからも、新たな作品を描きつづける。

薬剤師×洋画=

山下 智子
洋画コース(2年次編入学)
15年度卒業 千葉県在住62歳

来年5月には京都で、卒業生同期によるグループ展を開催予定。「入学同期もそろそろ全員卒業するので、東京でグループ展を計画中! 楽しみです」。

画と語る才能

房総半島の東端、どこまでもつづく空と畑の先に、山下さんの自宅がある。7年前、院内薬剤師としての定年を前に、この地から京都への入学を決めた。「若い頃から絵への憧れを抱いたまま、仕事と生活に追われて。絵画教室以上のやりがいを求めていたとき、本学を知ったんです」。最初は「夢の世界だな」と思った。けれど、夢で終わらせたくない想いが、車とバスと新幹線で片道5時間の道のりをこえ、山下さんを羽ばたかせた。そして、初めて描く洋画。20号の油彩を制作するスクーリングで、「こんな大きな白いキャンバスに、好きな色を塗っていいんだ」と幸せを感じた。ただし、それは初日だけ。あとの2日間は思いどおりの色が出せず、「3原色が頭のなかをグルグルまわって」夜もうなされたという。

経験が足りない、技量もない。こんな自分に何が描けるのか。自宅で沈む心に浮かんだのは、先生の言葉。「キャンバスの前にどれだけ座れるかが、絵の力になるんです」。そうだ、私はとにかく描こう。フルタイムの仕事と家事の後、どんなにつらくても毎晩、画に向かいつづけた。「気づくと100号の卒業制作を3枚も描きあげていました。地元に飛来する白鳥と、白いバラを2作」。最後のバラが見事に花開き、学長賞を獲得した。

「デッサンは筋トレだから、描いたぶんだけ上手になる」という先生だが、どんなに上手く描けた絵も「こんなのダメ」と一刀両断。理由は「何を伝えたいのかわからないから」。夜遅く、疲れきって、時間を費やし、いったい自分は何をしているのか。なぜ描くのか。自分とは何か。「描きながら画面と語り、本質を見つめる。なんだか哲学みたいですよね」。そんな対話から生まれた山下さんだけの画は、今、勤めている病院のロビーを飾る。「大学でみっちり学んだからこそ、自分の絵を見てほしい、そして認めてほしい、と思えるようになりました」。「ここまできたら、絵筆を持って墓場まで!」。先生の言葉は、いまや自身の口癖となっている。

体育の先生×洋画=

𠮷岡 康博
洋画コース(2年次編入学)
14年度卒業 奈良県在住 66歳

卒業後も学びにふれたくて、大阪藝術学舎の「スーパーリアリズム」の講座に参加。「もともと細かいタッチは苦手ですが、こんな技法もあるんだ、とまた新たな発見ができました」。

自由をつくるキャンバス

定年で、37年間の教員生活に幕を引いた。訪ねてくる昔の教え子に「いまは洋画を大学で学んでいる」と言うと、みな目をまるくする。だって𠮷岡先生は、ずっと保健体育の先生だったから。しかし、その変貌ぶりに一番驚いているのは、他のだれでもない𠮷岡さん自身だった。

「退職したら絵を学びたい」というのは、昔からの夢。とはいえ在職中は生徒の指導や部活が忙しく、ろくに絵筆も握らないまま本コースへ。入学当初は、経験豊かなクラスメイトに比べて、描けない自分をもどかしく感じた。「歯がゆくて、くやしくて、なのにスクーリングが終わると不思議な充実感がありましたね」。初めて描くクロッキーやモデルデッサン。初心者だからこそ、編入学でも1年次入学の人と同じカリキュラムで授業を受けようと決めた。「大学側が、学びやすいように順番を考えたはずだから」。

素直に学び、成長する𠮷岡さん。けれど、自由制作から卒業制作にすすんで行き詰まった。その時、「何か、ひっかかることがあるんですか?」と、自分でも分からない悩みに気づいてくれたのが先生だった。何度も話し合った結果、子どもというモチーフで、具象から抽象へと大きく方向転換。あらためてキャンバスに向き合った自分のなかに、かつてない情熱がほとばしるのを感じた。「こんな歳になって、と我ながら驚きでした」。それは、自由に解き放たれた、新しい自分自身の発見。先生が、そう導いてくれた。「これこそが教育だと感心しました」。

教職を退いてからも、教育委員として小学校などの視察に行く𠮷岡さん。「大学入学後は、児童の絵が気になるようになりました。その子の抱える悩みまで見える気がして」。また、子どもたちの自由な表現にふれるたび、自身の制作意欲も刺激されるという。「形も色もゼロからつくるのが抽象画。難しいからこそ、その自由さに惹かれます」。𠮷岡さんが本学で見つけたのは、新しい自分だけでなく、絵そのものが持つ、人を解き放つチカラでもあった。

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