入学選考料 | 20,000円 |
---|---|
入学金 | 30,000円 |
保険料 | 140円 |
授業料 | 327,000円 × 4年間 = 1,308,000円 |
卒業までの合計金額の目安(4年間) |
入学選考料 | 20,000円 |
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入学金 | 30,000円 |
保険料 | 140円 |
授業料 | 327,000円 × 2年間 = 654,000円 |
卒業までの合計金額の目安(2年間) |
美術科
PHOTOGRAPHY
「写真とは何か?」この永遠の命題に向けて思考し、直感し、作品を通じてその問いに応えてゆく。
そんな真摯な創り手を生み出していきます。
写真の原理やデジタルカメラの扱い方といった基礎知識から、最先端の写真表現まで。芸術大学ならではの幅広く奥深い内容を、ひとつひとつ体験することで、初心者にもわかりやすく学べます。
撮影実習などを通じて本格的な撮影技術を学ぶと同時に、「良い写真とは何か」を見抜く能力や知識を育んでいきます。
技術だけでなく「作品づくりのための考え方」を学べるのが大学。写真作品のあり方を根底から見つめ直し、自分だけの作品世界の確立をめざします。
入学選考料 | 20,000円 |
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入学金 | 30,000円 |
保険料 | 140円 |
授業料 | 327,000円 × 4年間 = 1,308,000円 |
卒業までの合計金額の目安(4年間) |
入学選考料 | 20,000円 |
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入学金 | 30,000円 |
保険料 | 140円 |
授業料 | 327,000円 × 2年間 = 654,000円 |
卒業までの合計金額の目安(2年間) |
大学、短期大学、専門学校等をすでに卒業している方は、京都芸術大学通信教育部(大学)写真コースに3年次編入学ができるため、最短2年間で専門分野の基礎を身に付けられます。大学入学から大学院修了まで、最短4年間で学ぶことができます。
また、通信教育部卒業生は大学院入学時に入学金10万円が免除されます。
書類審査
(大学等の卒業証明書など)
最短2年
3年次編入学の出願資格に
該当しない方は最短4年(1年次入学)
通信教育部
写真コース
書類審査
(指定提出物など)
最短2年
大学院
写真・映像領域
海外のアートギャラリーから作品を販売。IAVA会員。
[インスタグラム]
https://instagram.com/akikano/
[ウェブサイト]
http://www.akishigekano.com
撮った写真のSNSに世界各国のファンがつき、なんと欧米のアートギャラリーから作品販売のオファーがあった狩野さん。本学に来るまでは、スマホで写真を撮るぐらいの経験しかなかった。「もともとは、着物づくりを学びたくて染織コースへ。何気なく受けた自由選択科目で、写真の面白さに目覚めたんです」。それは、身近なものを撮影して、色やカタチを発見・収集するという課題。新しい視点から覗いたレンズのなかに「自分の求めていた表現がある」と気づき、より深く追求したくなってコース転向。「たとえばサビとかひび割れとか、風雨にさらされた人工物がつくりだす、独特の美に魅入られてしまったんです」。かくして、野ざらしの船や壊れた壁、床の染みに熱い眼差しを向けることになった狩野さん。一般的な写真とはかけ離れたそのモチーフや着眼点を、だれよりも理解し、応援してくれたのが先生たちだった。
「あるとき先生が、〝あなたの参考になるはず〞とわざわざ海外から取り寄せた写真集を見せてくださって。その内容はもちろん、お気持ちにも感動しました」。レポートでは「なぜ撮るのか」を徹底的に問われるのに、スクーリングの発表では「理屈を語りすぎるな」と指摘される。「ときに戸惑うこともありましたが、プロの写真家というだけでなく、教育者としての真摯な教えのひとつひとつに、刺激され、励まされました」。迷っては相談を繰り返し、内容も表現も研ぎ澄まされていった狩野さんの写真。ついには、くしゃくしゃに折られて立体化した斬新なカタチで、東京のギャラリーに展示されることになった。「偶然の出会いで自分が変わるなんて、これまでありえないと思っていたけど」。本コースでの出会いによって、アーティストとしての一歩を踏みだした自分がいる。「見るひとが自由にイメージを広げてくれる、そんな作品をめざしたいですね」。狩野さんの写真は、さらに新たなアートを、新たな自分を創造していく。
卒業制作を基にした写真集「山を探す」は、リブロアルテから好評発売中。「〝全ページ蛇腹折りにしたい〞と出版社を説得するのに、大学でのプレゼン経験が役立ちました」。
自身のサイト
http://kyokokawano.com/
「学ぶ前より、柔軟になれた気がします」。卒業制作が出版社に認められ、そのまま人生初の写真集に。メディアからも注目される川野さんの口から出たのは、意外なほど気負わない言葉だった。とはいえ、本コースへの入学時に期待していたのは、「アートな写真」や「アカデミックな知見」。気軽にはじめた〝女性のためのカメラ術〞ブログが注目され、趣味の写真が仕事になりかけた頃だった。
「写真教室で学んではいましたが、大学で深く学べば、もっと表現力を磨けるだろうと」。実際に、手応えは十分だったという。写真の概念をくつがえす斬新な授業。写真を取り巻く世界を学べる一般教養。そして何より、川野さんの心を強く動かしたのは、コースで出会う人々のエネルギーだった。「第一線で活躍される表現者としての考え方を、生の声で語ってくれる先生方や、必死で自身の表現と向きあう級友たち。こんな素晴らしいメンバーに、私の作品づくりを見てもらえる機会は、後にも先にもないから」。とにかく全力で取り組もうと、卒業制作のテーマ探しに没頭。「張りめぐらせたアンテナに、偶然ひっかかったのが山でした」。
写真のために登山をはじめて、たちまち夢中に。「なぜ、こんなに登りたいのか」という疑問をそのままテーマとした。「最初の頃は、背伸びして、大げさな死生観などを語ってみましたが」先生たちの鋭い指摘を受け、深く自問自答。「結局、自分が感じたことを素直に表現するしかない」と悟った。そうして、川野さんにしか撮れない作品が生まれた。好きで撮っていただけの写真が、自分の想いを伝える分身になると知った。「いつでも身の丈にあう視点で撮影したいから、山に持っていくカメラは、ほぼひとつ」。芸大で学んだからこそ、芸術へのこだわりから解放されたのかも、と笑う川野さん。だれにでも開かれ、だれもが自然と誘いこまれる、等身大の写真を撮りつづける。
受賞者の特権として、ニコンサロンでの個展を開催する予定。「ちょうど出産と子育てに追われていたこともあり、まだまだテーマを決めかねています。こちらの生みの苦しみも、喜びに変えたいですね」。
自身のサイト
www.saitoakane.com
昨年、〝ニコンJuna21〞の年間最優秀賞に輝いた女性は、数年前まで自前のカメラすら持っていなかった。本コースを卒業した齋藤さんである。「カメラ好きの友人と旅行したとき、そこに写っていた私、つまり彼女から見た姿と、自身の心境がかけ離れていることに驚いて。写真って、おもしろいなと」。初めて自費でコンパクトデジカメを買い、その勢いで本コースへ。「仕事の立ち寄り先に芸大があり、なんとなく憧れていたんです」。
入学して引き込まれたのが、カメラという世界の奥深さ、そして学生の多種多様さ。「スクーリングで同じものを撮り、同じ作品を見ても、ひとりひとりのとらえ方が違う」。多世代の通信だからこそ、なおさら違いが際立ったという。その中で齋藤さんの作品は、何も知らないから暗くてピンボケ、なのに独特の生命感を放っていた。先生のすすめでコンテストに応募したところ、思いがけずファイナリストに選出。初めて展示された自作と向きあい、デジタルからフィルムへと転向した。「ただ、自分の作風に合うと感じたんです。作業もコストも大変ですけどね」。
このまま卒業制作まで順調に、と思いきや、なんと最後まで苦悩つづき。「テーマがまとまらず、締め切りにあせり、焼き方を変えては悩みをふやす泥沼で」。楽しかったはずのカメラがいつしか重荷となり、「撮る姿が怖い」と友人をおびえさせる始末。「結局、不完全燃焼のまま終了。そこで卒業後、自分のためだけにまとめ直したんです」。その作品が冒頭の栄誉につながった。「悩み抜いてわかったのは、私の場合、肩の力を抜くこと。それが私の写真なんだと」。これまで撮ってきたのは、カメラに無関心な妹。いま撮っているのは、生まれたばかりのわが子。「私って、しつこくレンズを向けちゃうんです。カメラを気にしない相手でないと」と笑う齋藤さん。わが目のレンズを心で操り、あるがままの姿をとらえる。
今回の個展をひと区切りとして、これからは新たなテーマに着手する予定。「つねに作品を発表していなければ自称作家。本物の作家になれるよう、今後も撮りつづけたいですね」。
本コースの卒業制作をもとに、銀座と大阪のニコンサロンで初の個展を行う快挙を遂げた井上さん。にわかに信じられないが、本学に来るまでアートやデザインを学んだ経験はないという。「若い頃は芸術系への進学に憧れましたが、才能ない、と言われて」。普通に銀行勤めをし、妻となり母となり、子育てを終えてふと「何かはじめたい」と手にしたのがカメラだった。「絵は下手だし、インスタグラムも流行りだし」ぐらいの気軽さで街の教室に通いはじめたが、すぐ飽きた。「楽しくキレイなお花を撮りましょ、という雰囲気で」。そんな井上さんが手応えを感じたのが、本コースの体験授業だった。
「とにかく刺激的でしたね。最初のスクーリングでは、いきなり紙を一枚渡され、これで好きな形をつくって撮りなさいと。あるがままに撮るだけじゃない写真を知りました」。多彩な授業やゲスト講師の存在は、とても印象的だった。そしてわかったのは「写真って自由だ」ということ。
「卒業制作でテーマを決めたとたん、撮れなくなって」。ある先生から、「まずは好きに撮って、後でまとめる方法もある」と教わり、気が楽になった。「その、〝後〞が大変でしたけどね」。撮りためた何万枚もの写真を系統別に分類した。その中からひとつ選んでステイトメントを書いてみたが、「言葉と写真が合っていない」と何度も先生に言われ、「なぜこれを撮ったのか」という自分との真剣勝負の対話がはじまった。自己を突き詰めた末につくりあげたのが、一冊の写真集。さらに卒業後、新たに撮った写真を加えて完成させたものが、今回の個展である。
「大学にいたから、ここまで追求できた。こだわり抜いて、自分の作品を生む苦しさを体得できた」。応募者のごくわずかしか選ばれない、ニコンサロンの審査に通ったのは偶然ではない。「自分に妥協しなければ、道は開けるものですね」という井上さん。自由の苦しさと喜びを手に、新たな作品づくりへと向かう。
女性のための写真教室〝allô?〞のほか、facebookメンバー400人を超える「北海道カメラ女子の会」主宰。同じ本学卒業生とコラボした、女性むけフォトフェス「CuiCui」は2日間(2016年9月開催)で800組、約1000名の来場者があり話題となった。
「社会人の初ボーナスで、〝自分へのごほうび〞に買ったのがカメラでした」。何も知らず、見た目に惚れて手にしたポラロイドカメラ。じわじわと画が浮きあがるのが愛しくて、みんなですぐに見られるのが楽しくて。いつの間にか撮りたまった写真を見て、ある友人が写真展をすすめてくれたのがはじまりだった。小さな展示が次へとつながり、人が集まり、気づけば作家活動に加え、写真教室まで開いていた。「だけど、我流なので、伝えることがすぐに底をついて」本業をつづけながら本格的に学べる本学へ。その本業が大学職員だったこともあり、入学説明会で職員の大学愛に心動かされたという。「入学して、先生の添削の丁寧さ、カリキュラムの上手さにも感心しました」。
さらに驚いたのが、通信だからと期待していなかった出会いの豊かさ。フリーランスの学友たちに刺激され、入学3年目に写真家として独立を決心。「職員の仕事も好きだったので迷いましたが、思いきって新しい自分へ」。そんな渡邉さんにとって、コースの授業やテキストも、自己発見の連続だったという。「私の持ち味とは真逆の、社会的な題材や実験的な表現も、課題で取り組んでみると意外とハマって。新しい発見がありましたね」。さらに、卒業制作でも新たな気づきが。「先生や学友とディスカッションを重ねることで、自分の作品が進化する手応えを体感しました」。
他者と1年かけて作品を深める機会など、なかなか他では得られない。「卒業した今も、本当はもっと学びたい。やっと森の広さがわかり、一歩踏みだせたところです」。知れば知るほど、写真は深い。渡邉さんの写真教室も、ゆるく入って楽しみながら、気づけば深く学べる場へと進化した。「そうやって、皆がハマっていく姿を見るのがうれしい」。自身が有名になるよりも、みんなに写真の楽しさを広めたい、という渡邉さん。その作品のごとくゆるやかに、しかし凛として、地元である北の大地に、写真好きの種をまきつづけている。
卒業後は国内外でつぎつぎと個展を開催。「どこかで私の写真を見てくれた方が、また新しい場所に呼んでくれる。作品が、わたしと人をつなげてくれます」。
〝この人に会ってみたい〞。個展の来場者からそんなコメントをよくもらう、と名古根さんは恥ずかしそうに打ち明けた。理由は、作品を見ればすぐわかる。2010年から撮りはじめ、いまや海外でも注目を集めつつある本シリーズ。40点以上におよぶ作品のすべてが、「顔を見せない」セルフポートレイトなのだ。その、最初の1枚を撮ったのが、本学での課題だった。
高校を出て就職後、何か技術を身につけようと通いはじめた専門学校で写真にはまり、NYに短期留学。本学に来たのは、再び渡米するために4大卒の学位を得るためだったという。「でも、学ぶうちにどんどん気持ちが変わりました。日本でも写真は撮れる。日本だから撮れる写真がある、と」。京都という地で伝統にふれ、それまで見ていなかった日本の魅力を知った。「自分のとらえ方ひとつで、周りがまるで違って見える。必要なのは、アート最先端の国にいることじゃなく、私自身のなかに新しい世界をつくること」。
新しい世界の入り口は、大学にいくつもあった。お茶など、京都ならではの科目。年齢も職業も住む地域も違う、クラスメイトの作品や本音の批評。そして、優れた写真家や批評家、ギャラリストなどからなる講師たちの指導。「カメラを教わるんじゃなく、写真を教わると思ってほしい」。そんな言葉をいまも覚えている。
卒業制作で選んだ「セルフポートレイト」という題材は、実は専門学校でも取り組んだ課題。しかし、満足できないまま終わらせていた。「だからこそ、ここで突きつめたくて」。とことんコンセプトを掘りさげ、表現を試行錯誤した作品は、学長賞を獲得。卒業後もつづくシリーズとなり、人から人へと紹介され、何度も海を越えた。見るたびに興味がわく。もっと見たくなる。それはきっと、だれよりも当の本人が、もっと見たいと願っているから。〝私はだれ?〞。このコースで、一生の課題と出会った名古根さん。その作品は、巧みに人の目をはぐらかしながら、じっと自分を見つめている。