
文芸コース
地元や職人の仕事を語り継ぐために文章を学ぶ
「我ながらヘタクソで、先生にも呆れられて、それがなんだか気持ちよかった」と、入学当初を振り返る佐藤さん。卒業後のいまは、本職のデザインを活かして、地元を紹介する小冊子の編集から執筆までを手がけている。「書くことが苦手な自分を克服したくて入学。でもどこかで、ヘタなりに味のある文章が書ければ、という期待もあったかもしれません」。しかし現実はそう甘くなく、とても奥深いものだった。「泣きながら課題を書いたこともあります。文章を書くとは、自分を飾らず心の底から素直になること。それがすごく難しいのだとわかりました」。社会で過ごすうち、気がつけば、なるべく嫌なことを避け、限られた世界のなかで満足するようになっていた。けれど、ひとたび人に読んでもらう文章を本気でつくろうと思ったら、好きも嫌いもとことん向き合い、悩み抜かなくてはいけない。「さまざまな先生方の言葉に導かれ、人間として成長できたような気がします」。
「先生や学友に教わってばかり」という佐藤さんだが、自分から教えてあげたいこともある。「文芸って、机の前だけでやるものじゃないんですよ」。この街に移り住んで出会った、緑の中の渓谷、お気に入りの店、静かな町並み。自分に書く力をくれる対象をいつも身近に感じたくて、メモを片手に歩き回っているそうだ。「見飽きない自然、優しい人々、消えつつある伝統文化。書く材料はいっぱい揃っているので、あとは、何からどう伝えるか」。じつは、本コースに来たもうひとつの理由が、都会暮らしをやめて木地師(ろくろで椀や盆の木地をつくる職人)となった夫のこと。「ずっと近くで見つめてきた私が、書いて、語り継がなくちゃ、と思っているんです」。苦心の末にまとめた卒業論文も、ほんの序章。何年もかけて、じっくりかたちにしていきたい。緑の中、心の奥から紡ぎだされる佐藤さんの物語は、いつか、多くの人に届けられていく。

佐藤 愛子
石川県在住 37歳
文芸コース
(3年次編入学)
19年度卒業
卒業論文『木地師の台所』はエッセイ。「まだまだ未熟ですが、私の文章で夫の仕事や工房もアピールできたら、と思っています」。
〈木地師のお店 mokume〉 https://mokume-k.jimdofree.com/