
洋画コース
故郷のなんでもない風景を描くために、憧れの芸大へ
小さな川、小さな橋。なんの変哲もない路地裏の光景。このなんでもない風景を描くために、宇佐美さんは本学へとやってきた。「ずっと地元で生きてきたので、京都への進学は、人生最大の冒険でした」と笑う。絵を描くのは幼い頃から大好きで、芸大に憧れたこともある。しかし仕事や家事に忙殺され、気づけば30年近く絵筆を握っていなかった。「ようやく自分の時間が持てたのに、一体何をどう描けば…」と困惑。一方で、描けなかった年月に人間として経験を積み、若い頃とは違う絵が描けるのでは、という想いもあった。
「とにかく踏み出そうと入学。全国から集う学友に刺激され、スクーリングを受けるごとに、絵を描く楽しさを思い出していきました」。なかでも衝撃的だったのが「自分の記憶から絵を描く」デッサンの授業。「描いてみてビックリしました。子ども時代の何気ない光景が、あまりにも鮮やかによみがえってきたから」。川面に揺れる七夕の短冊。小窓から覗く人々の営み。朝に夕に通った近所の道。「どれほど深く染みつき、いまの自分のもとになっているか、あらためて思い知りました」。さらに合評で一人ひとりに異なる学友の記憶に触れ、「これこそが自分にしかないものだ」と確信。卒業制作として地元のありふれた風景を選ぶことに、もはや何の迷いもなかった。
「なんでもないようですが、私にとっては、ここにしかない風景なんです」。ときに厳しく批判された先生方からも、思いがけない賞賛や激励を受けた卒業制作。地元のギャラリーで個展を開いたところ、多くの人に「懐かしい」「癒やされた」と喜ばれた。「うれしかったですね。先生にも、その道は間違ってない、と言ってもらえたようで。大学へ行って良かった」。ふるさとはだれの心にもあり、その人生を励ましつづける。同じ場所を描きながら、若い頃よりもずっと明るくなっていた宇佐美さんの画。その風景は、これからも、心の光となっていく。
卒業制作を二紀展に応募するほか、地元の展覧会や同窓生たちとの展覧会へ出品する予定。「美大へ行く夢を叶えました。これからは、夢を育てるべく、制作をずっとつづけていきたいです」。