教授メッセージ

教授メッセージ

Mami Kataoka

片岡 真実(グローバル・ゼミ 初代ディレクター)

世界のアートシーンで、高く跳躍する。
そんなアーティスト、キュレーターを育てたい。

――世界で生き抜くアーティストに共通する素養とはどのようなものでしょうか。

現代におけるアーティストの価値はきわめて多様です。マーケットにおいて高額で取引されること、ヴェニスやドクメンタといった重要度の高い国際展に招待されること、あるいは著名な美術館で個展が開催されるということでもあるでしょう。いずれにしろ、時代のニーズに合致していること、歴史の文脈を踏まえて現代という時代の中で自分の置かれた立場を基点に新しい提案ができているかどうかという点がきわめて重要です。また、長くキャリアを積み重ねてきたアーティストが、70代や80代といった年齢に差し掛かって改めて評価されることもあります。そう考えると、アーティストとして生きていく「覚悟」があることと、クリエイションを続けていく「環境」を自分自身で維持していくための力もアーティストに求められる重要な素養のひとつかもしれませんね。また、これは現代アートや伝統芸能などのジャンルを問わないことだと思いますが、長くクリエイションを続けているアーティストに共通しているのは、「満足をしない」という特性です。現状に決して満足せず、高いレベルでの目標を設定し達成していくアーティストだけが、世界のトップレベルで評価されています。つまり自分自身への批評的な姿勢を持ち続けるということです。

最後に、キュレーターやギャラリストといった「自らを認めてくれるヒトに会いにいく」ことも考えなくてはなりません。誰でもいいわけではなく、自らの作家性を認め、世界への窓口になってくれる誰かを鋭敏に嗅ぎわけて見つけ出し、プレゼンテーションしなくてはならないのです。そのためには作品のコンセプトが明確にまとまっていなくてはなりませんし、コミュニケーション能力も高いレベルで求められます。つまり、アーティストといえどセンスやインスピレーションといった素養以外に極めて実務的な能力がいくつも必要だということです。

――2018年にスタートした「大学院グローバル・ゼミ」では、歴史を踏まえ、複層的なリサーチを経てアートをクリエイトすることを重要視しています。その理由を教えてください。

近年、日本の現代アートがグローバルな広がりを見せるようになったといわれています。日本とヨーロッパ、アメリカの現状をなんとなく理解していればいわゆる「国際派」でいられたかつての時代とは様相がまるでちがっています。アジア全域はもちろん、ラテンアメリカやアフリカなど世界中からアートが「生産」され、世界中に流通される現代にあってはアーティストがどういった価値観で作品を制作しているかを明確にする必要があります。「私はどこの、誰なのか」という出発点をひもとくことがどうしても重要視されるんです。どういった時代性の中で、どんな社会的な気運にもまれて価値観が育まれたのかを自分自身で理解をしなくてはアーティストとしてのスタート地点にすら立てません。

もうひとつ美術史的な視点から考えれば、例えばコンセプチュアルアートがはじまって約50年もの時間が流れ、その間に夥しい数のアートが生まれています。これからアーティストとして作品制作するということは、その歴史の上に自身のアートを積み上げるということです。

現代アートは学校の図画工作の世界とは一線を画すものです。創作技術を高度化していくことももちろん重要ではありますが、美術史、社会史、人類史、政治もふまえた包括的な歴史を学ぶことはとても重要です。歴史をふまえ、物理、数学、医学など、あらゆる分野に接触しながら世界のあり方を発見していく、総合的なフィールドこそが現代アートであると最近は特に強く考えるようになりました。深みと広がりを持ったコンセプトから始まり、リサーチを経てアートへと昇華していくことが重要です。これだけインターネットが普及した時代だからこそ、入り口のおもしろさだけではなく、リサーチで深めていくことの重要性が高まっているのではないかと思います。

――アジアから発信するアートの重要性とはどのようなものでしょうか。

アートの動向は政治的・経済的なパワーバランスと連動しています。ある地域の経済が発展すれば、必然的に世界における政治的重要性も増すことになります。その地域のマーケットが隆盛し、富裕層が生まれればアートマーケットも活性化するわけです。
つまり、これだけ人口が増加し経済も発展を続けているアジアが、世界的なアートシーンにおいても重要性を増すことは必然といえるでしょう。既に著名なアーティスト、キュレーター、コレクターがアジアから生まれてきていますが、経済的な発展の余地を残しているということは、アートシーンでの重要性もまだまだ拡大する余地があるといえます。

現在、日本は一定の近代化を終えて少子高齢化の段階を迎えています。欧米型のプロセスで発展してきた日本ですが、改めてアジアの一部であるという視座から日本を見つめなおすことやその中での自分たちの役割を再検証する必要は出てくると思います。アジアの労働人口が今後も増加しますし、近年のインバウンド人口を考えても日本にアジアから沢山の人が訪れることになります。政治、経済はじめ美術の分野においても欧米との対比から脱却して、もう一度世界の中のアジア、その中の日本であると考え直さなくては、時代の潮流とニーズにフィットしなくなるのではないかと思います。

――「京都」でアートを学ぶことの意味をどのようにお考えですか。

京都は日本人から見ても特別な土地です。長く都であったことからさまざまな機能が集約して、伝統と文化が凝縮されてきました。世界のアートシーンで活躍するには、自分というアーティストが生まれた背景をきちんと理解していなくてはいけません。当然、日本の文化について共通言語である英語でどのくらい適切に説明ができるかどうかは重要なポイントになってきます。その意味で京都は寺社仏閣、食文化、重要視されている祭事をはじめとしたさまざまな日本文化を自らの身体で体験しながら理解するのにうってつけの場所です。そこで学んだ歴史と文化を自分の言葉で表現するという訓練を京都で学生生活を送る間にこなしておけば、世界に出ていくときにとても大きな武器になるはずです。

――京都芸術大学に新しく生まれた「大学院グローバル・ゼミ」、他大学にはないその特徴とはどのようなものでしょうか。

私がグローバル・ゼミで実現したいこと。そのひとつは、ちがった文化圏、歴史、社会環境、そして価値観を持ったさまざまなトップ・アーティストやトップ・キュレーターたちに出会ってもらいたいということです。学生たちに、クリエイターが生きて行く方向性はひとつではなく、星の数ほどの選択肢の中から未来を形づくることができるのだということを、文字通り生の「実例」に触れながら学んでほしかったのです。そこで、グローバル・ゼミではその基本的な学びの形を「複数の視点を持った人たちから、集中して学ぶ」というスタイルにしました。サスキア・ボス、島袋道浩、シュレヤス・カルレ、ヒーマン・チョン、手塚美和子、マイケル・ジュー。2018年度に招聘したゲスト講師たちは、一人ひとり年齢も地域もプラクティスの内容もまったくちがいます。こうした世界で活躍するゲストが一度きりの講演を行う機会はこれまでもあったでしょう。ですがそれでは彼らが心血を注ぐプラクティスへの深い理解も得られないし、学生たちが具体的なアドバイスを親身に受けることもできません。そこで1学年5名という少人数制を採用し、ひとり約2週間という長い時間ゲスト講師たちが京都に滞在して学生たちと密にコミュニケーションするという「ここにしかない学びの形」を生み出しました。

――これまでに大学を訪れた3人(2018年8月時点)のキュレーター・アーティストの感想を聞かせてください。

我ながらなかなかいいセレクトをしたと思っていますよ(笑)。ゲスト講師によるレクチャー・プログラムはお仕着せではなくそれぞれの講師が自ら考えたものです。サスキア・ボスはヨーロッパとニューヨークで長く教員を務めていたので、キュレーターという視点から、世界で認められる方法について話をしてくれました。たった数日の展覧会を、2日間で学生たちとともにつくりあげたことも思い出深いですね。

シュレヤス・カルレは、映画鑑賞やクラシックの音楽鑑賞の後に連日ディスカッション。川端康成が歩いた京都の街を学生たちとともに訪ね歩いたりもしましたね。
島袋道浩はたくさんのアーティストやキュレーターに学生を連れて会いに行ってくれました。越後妻有や一休寺での展覧会を学生たちとともにつくりあげるという稀有な機会をもたらしてくれたこともグローバル・ゼミならではだったと思います。

――グローバル・ゼミで育てたいクリエイター像を教えてください。

総合力と跳躍力のあるアーティストです。つまり世界を俯瞰的にとらえ、広い視野から世界の動向を把握できるような総合的な視点をもてるようになること。そして自分なりのリサーチを蓄積していくことによって、その後の跳躍を助ける知識を持つこと。在学中に可能な限り多くの学びと気づきを得て、卒業後に世界へ出て行ったとき、アーティストやキュレーターとして高くジャンプできるような、そういう人たちを育てたいと思っています。

片岡 真実(グローバル・ゼミ 初代ディレクター)
京都芸術大学大学院修士課程 グローバル・ゼミ 初代ディレクター 片岡 真実 Mami Kataoka

1965年愛知県生まれ。森美術館チーフ・キュレーター。(株)ニッセイ基礎研究所や東京オペラシティアートギャラリーを経て、2003年より現職。2007〜09年はヘイワード・ギャラリー(ロンドン)国際キュレーターを兼務。日本及びアジアの現代美術を中心に企画・執筆・講演等多数。

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