卒業生紹介

京都芸術大学を卒業し、
活躍している先輩を紹介します。
卒業生インタビュー

東城弘武さん

株式会社 TBSスパークル メディアビジネス本部

ここなら、何にでもなれる。
夢中で動いた先に、夢が広がった。

これから何をしようか決まっていなかったけど、「ここなら何にでもなれる」と感じた。

この卒業生インタビューは、高校生のみなさんに読んでもらうことが多いのですが、東城さんご自身はどんな高校生でしたか?

東城
高校生の頃は、わりとアクティブな性格だったと思います。ただ、「何をしたい」とか、「何かを成し遂げたい」みたいなことって、ぼんやりとしていて。はっきりとしたものではなかったと思います。

まだ進路は、はっきりしていなかったのですね。

東城
自分は一度、他の大学に入って、中退して京都芸術大学に入ったっていう経緯があります。前の大学では宗教学を学んでいましたが、自分の中ではある程度「やりきったな」という感覚があって。

宗教学から、クロステックデザインコースへ?!

東城
東京にある大学を中退して「これから何をしようか」と考えていたとき、たまたま有楽町で京都芸術大学の学校説明会をしていて、「見たことある大学だな」と思って、立ち寄ってみることにしたんです。説明会で話を聞いていると、すごく面白い内容だなって。

きっかけは、偶然の出会いだったんですね。

東城
特に惹かれたのが、その頃新設されたばかりのクロステックデザインコースでした。当時はまだうっすらとした予感でしたけど、「自分のやりたいことってこういうことなんじゃないのかな」と感じたんです。
ここで学べる内容は、一般社会に出たときに通用しそうだなという感覚も強くありました。それから母親に、「明日京都行くからお金ちょうだい」っていう話をして(笑)

すごい、急展開ですね。

東城
そうなんです。母親も「やりたいことがあるなら、いいんじゃない?」と背中を押してくれました。

有楽町で学校説明を聞いたときは、どういうところに面白さを感じたのでしょうか?

東城
「何でもやっていいよ」という雰囲気ですね。自分にはまだ何もなかったし、学科もできたばかり。でも、だからこそ「ここなら何にでもなれる」と思えました。自分の身を委ねられる感覚があったんです。

何にそんなに引き込まれたんでしょう?

東城
なんでしょうね。今まで宗教学で勉強してきたことと、相反するテクノロジーやデザインの話にすごく引き込まれて。ベクトルとしては対極にあるように思ってましたね。

対極にあるくらい、違うからこそ。

東城
より強く引き込まれたのかもしれませんね。

それまでは、テクノロジーやデザインには、特に触れずに来ていた?

東城
もう本当にゼロベースだし、なんだったらマイナスからのスタートじゃないかと思うくらいでした。

まったく違う分野を学ぶことを決めて、生活環境も東京から京都で、がらりと変わる。迷いはなかったのでしょうか?

東城
なかったですね。うまいこといくでしょ!という感じでした(笑)オープンキャンパスや説明会で話を聞くうちに、「ここだったら未来、明るくなるかも」という感覚を持てたんですね。

未来が明るくなる感覚。

東城
いろいろなことに挑戦できて、何にでもなれるっていうのは、未知数の可能性に感じて。
それから当時、ラジオ番組を聴くのが好きだったのですが、TOKYO FMの『スクールオブロック』という番組にクロステックデザインコースの先生が出演されていて、そこにもご縁を感じました。

モーショングラフィックに夢中に。好きなことが、人とのつながりを広げてくれた。

入学後は、どんなことを学んでいったのですか?

東城
自分たちは、クロステックデザインコースの2期生として入学しました。大学1,2年の時は、芸術やデザインに関わることを総合的に広く学んで、そこから興味を持った分野を3,4年生で深く追究していく流れだったと思います。

東城さんが興味を持った分野は?

東城
3年生のはじめ頃、モーショングラフィックにハマりました。准教授の石川琢也さんが講義の中で使った、TouchDesignerというソフトにのめり込んでしまって。

夢中になれるものに出会ったんですね。

東城
最初は、「何これ?全然意味わからない」という感じだったんですが、家に帰ってから「もうちょっとできるようになったら面白いかも」と思って。一度やり出してからは、そればっかりやってましたね。

いいですね。

東城
幾何学的な模様からはじまって、「もっと色を付けてみよう」とか、「もっと難易度の高い3Dにも挑戦してみよう」と思うようになって。そうやっていろいろなものをつくっているうちに、「これを外に出したら、もっとヤバいことになるんじゃないか?」というノリもあって(笑)

つくったものを外でも発表していこうと?

東城
そうですね。京都市内外でイベントのキュレーターみたいなことをやっている友人がいて、「VJしてよ」と声をかけてもらったんです。「じゃあ、やってみようか」と。そこで初めて自分の作品が外に出て、不特定多数の人に見てもらうきっかけになりました。

チャンスにつながったんですね。

東城
そこからは毎日のようにVJをしていました。

すごい!活動が広がっていったんですね。

東城
どんどん、自分の腕が磨かれた感覚もありますし、やっぱり活動の幅が広がると、交流も広がって、「じゃあこの会場でやってよ」「こんなものも今度一緒に作ってみてほしい」と言ってもらえることも増えていきました。

ひとつ、好きなものと武器ができたことで、外とのつながりが広がったんですね。

東城
最初は京大の熊野寮。その後は、大学の近くのカフェ&バー、木屋町のクラブ、友だちのホームパーティーで。最終的には大学の卒業パーティーで、京都メトロでVJをさせてもらいました。

すごいなぁ、在学中にいろいろな場を経験されているんですね。

とにかくまずは、イエスマンになってみる。

それまで学んできたこととまったく違う分野に入ってみて、物の見方や考え方が変わったところはありますか?

東城
1,2年生の頃は、課題をやっておけば卒業はできるだろうなという感覚も正直ありました。でも3年生からは、もっと自分で勉強して、先生や先輩方に食らいついていこうと思うようになって、とにかく行動することを大切にしていました。「とにかくまずは、イエスマンになってみよう」と。

それは、とにかく1回やってみる、ということですか?

東城
そうですね。NOと言わずにまずやってみる。

そこから、変化はありましたか?

東城
すごく変わりました。「ノリいいね!」と言ってもらえることが増えて、人との距離が一気に縮まりましたし、「あれやってみようよ」「これやってみようよ」と、どんどん次につながっていきました。それに、京都という土地柄もあって、芸術や古い伝統、音楽にも感化されるようになりましたね。

人とのつながりも、文化を吸収する機会も増えていったんですね?

東城
学外での活動と、大学での学び、点と点がつながって線になっていくような感覚がありました。イベントやVJを通して、すごいと思う人たちと出会って、自分の考え方がアップデートされることもありました。

素敵です!それはきっと一生ものですね。

毎週のように、新しい企画書を書く。続けるうちに、どんどん企画を出せるようになってきた。

モーショングラフィックの活動と並行して、学校の課題にも取り組んでいたんですよね?

東城
もちろんです。クロステックデザインコースでは、自分で企画書を書いて、その企画書をもとにプロトタイプをつくる、というのが基本的な課題の流れでした。アイデアから形にするまでというのを一貫して学んで、常に何かを考えてつくっていました。

常日頃から企画とアウトプットを。

東城
「やったことないなら、やってみなはれ」の精神があって(笑)。自分でつくり出せ!という環境でした。

すごい、在学中から。

東城
今の会社でもそうですけど、企画書を書かないと、何も進まないんですよ。

まずは企画書を書くのが当たり前。

東城
本当に、企画書を書いてなんぼという世界。大学時代は正直、面倒くさいと思うこともありました。 毎週、なんで書かなあかんのって。

毎週企画書を書くって、すごい経験です。

東城
でも、それに慣れてきて、気がつけばもう企画書を出しまくっていました。

すごい、書けるようになっていくんですね。

東城
テレビ番組の企画って、落ちることが99%。企画書って、普通は落ちるんですよ。ただ、1%でも通ったら、部分的に「このコーナーいいよね」と言ってもらえたら、してやったりというか(笑)

1回落ちたからって、ヘコんでる場合じゃない。

東城
そうそう、100回出して、99回はダメって感じです。

そんな世界なんですね。今お仕事でされていることと、学生時代から毎週のようにやっていたことがつながっているのを感じます。

東城
本当に鍛えられました。

不特定多数の人に、作品を見てもらいたい。自分自身がメディアになって、街を歩く。

卒業制作では、どんな作品をつくられたのでしょうか?

東城
AndroidやiPhoneをぱかっと開けると、基盤が入ってるんです。その基盤が液晶に指示を出すことで、画面に映像が表示されます。その仕組みを応用して、洋服に液晶を取り付けたら面白いんじゃないかと思って。

洋服に液晶を?!

東城
自分がつくった映像作品を、イベントだけじゃなくてもっといろんな人に見てほしいと思うところがありまして。だったら、自分が歩いて街に出て、服ごと見てもらえばいいんじゃないかと考えました。そのときの人の反応も、研究テーマにしていました。

面白いですね。

東城
ただ、洋服に液晶を付けるって、けっこう無理な話なんですよ。じゃあ、どうしようかというときに、フレキシブルシートというものを見つけて。ヘニャヘニャになる柔らかい液晶なんですけど、その液晶を使って自分でAndroidの基盤を改造して付けていきました。

どんな服になるのか、気になります。

東城
見てもらったほうが早いかな。服に、基盤とモニターが付いてる状態です。

すごい!写真もしっかり残しているんですね。

東城
大学の先生から「写真や記録に残していないものは、無いのと同じ」ということを教わって。その言葉がすごく心に響いて、それ以来何でも記録を取るようにしています。

展示の仕方もすごく工夫されていますね。液晶には、自分でつくったモーショングラフィックの作品が流れている?

東城
そうです。

液晶のついた服を、自分の作品を見てもらうためのメディアとして捉えるイメージでしょうか?

東城
そうですね、自分自身がメディアとなって移動する感覚で、大阪にも足をのばしたりしました。やっぱり、作品をもっと不特定多数の人に見てほしいっていう想いが根本にありましたね。

自らをメディアにするって、面白い企画ですね。

これまで培ってきた技術と企画力を活かして、新しい表現に挑みたい。

いつ頃から就職を意識し始めて、どのような準備していたのでしょうか?

東城
2年生の頃に早期就職講座があって、それもきっかけだったと思います。周りの就活が本格化する前から就職については意識していました。

早いですね。

東城
特に、テレビ業界などは就活の開始が早いですからね。一般的な美大や芸大では早期の就職講座などは珍しいと思うので、そういった面でも、安心して身を委ねられる環境なのではないかと思います。

「こういう会社に入りたい」「こういう仕事がしたい」という就活の軸はどこにあったのでしょうか?

東城
自分がモーショングラフィックや課題を通して培ってきた技術を軸に、「新しいことに挑戦してみたい」「もっと制作する映像の幅を広げていきたい」という考えが、すごくありました。
それを軸に就職活動に取り組む中、ちょうどTBSグループがVRコンテンツなどの新しい映像表現に力を入れ始めていて、ご縁をいただいたのがTBSスパークルです。

ちょうどタイミングも重なったんですね。

東城
そうですね。面接で「こんなことやってて」と大学生活のことを話したら「いいね!」と言ってもらえて。ちょうど、(インタビューを受けている)この部屋だったんです。

まさに、この部屋で!

東城
そうなんです。当時面接してくださった方と、今一緒に仕事をしています。

素敵です!

入社後も、企画書は書き続けているんでしょうか?

東城
はい。お風呂に入ってるときも、浮かんだアイデアをメモに残したりしています。

ご自身の企画の中で、いいのができたなとか、面白かったなというお仕事はありますか?

東城
『THE 世界遺産』という番組のリニューアルに携わったのですが、そのオープニング映像に自分の企画を採り入れてもらえたんです。スタジオのセットを大きな4面のモニターで構成して、それぞれ違う映像を同時に出力するという企画でした。

すごい。アイデアが採用されたんですね!

東城
それこそ学生時代から触ってきた、TouchDesignerというソフトも使って企画をつくりました。

大学で出会ったことが、今につながっていますね。

東城
はい。もちろん自分一人で企画を形にできるわけではないですが、クライアントに「こんな感じで撮れます。ちょっと新しい映像の表現の仕方もできますよ」と提案できたのが、自信にもつながったかなと思います。

オープニングって、番組がリニューアルしたことを印象づける大事な場面ですよね。企画を通すときに、工夫することはありますか?

東城
さっきのラブレターじゃないですけど(笑)。伝わるように表現を変えてみたり、言葉の言い回しを考えてみたり、大学で学んだことがいろんなかたちで活きていると思います。

人のアイデアと、「どうにかする力」が重宝される時代。

新しいメディアや表現がどんどん生まれる中で、テレビ番組制作の面白さや可能性を、どう感じていますか?

東城
予算は昔に比べたら減っているかもしれませんが、だからこそ一層、人のアイデアが重宝されると思います。限られた条件を、どう面白く転がしていくか。そういう人たちがいるからこそ、テレビやメディアコンテンツは見てもらえるんじゃないかなと。

制約があるからこそ、アイデアが生きる。

東城
予算が限られると、表面的な派手さよりも、演者のトークや番組のストーリーなど、中身がさらに重要になってくると思うんです。

そうなると、学生のうちに自分で企画を考えて形にしてきた経験が、さらに活かせる場面も増えてきそうですね。

東城
学生時代も今よりお金がない中で、自分でどうにかする力がすごく養われましたし、制作において「最後の1秒まで粘っていたい」という気持ちが培われました。今のテレビ業界も、その「どうにかする力」がすごく大事だと感じています。

どうにかする力。

東城
カンパケ(撮影・編集を完了させて番組を放送できる状態にすること)まで一分一秒に追われることも多いですが(笑)。それでもどうにかオンエアに持っていく。その積み重ねが、番組を支えていると思います。

すごいお仕事です。

好きなことを見つけて、行動し続ける。

大学で夢中になったモーショングラフィックは、就活や仕事で活かすことを考えていたのでしょうか?それともまったく別?

東城
うーん。どうだったのか……、最初からつながると思っていたわけではないですけど。ただ、それが合致したのって、僕はラッキーだったと思います。運が良かっただけ。だけどその、合致するパーセンテージを高めるのには、やっぱり行動するしかないと思うんです。

行動してきたからこそ、やりたいことと、それを活かせる場がつながってきた。

東城
本当に、どれだけやるかだと思います。自分の体力も、「もうヤバい」という瞬間も、限界突破するみたいな感覚で。イエスと言ったからこそ、もう一歩踏み込めた場面も多かったです。

限界突破を、大学時代に何度も経験したんでしょうか?

東城
それなりに経験しました(笑)。でも、それを絶対やらないといけないかって言われたら、そんなこともないと思うんですよ。今の高校生が大学に入ってからは、なくてもいいと思うし。本当に好きなことを見つけられたら、それで充分だと思うんです。好きなことを見つけて、行動してみたら、それでうまいこと転がっていくんじゃないかなと、僕は思います。

これからの目標や、やってみたいことはありますか?

東城
変わらず、新しいテクノロジーや新しい映像表現に挑み続けようと思っています。そして、つくったものを表現するのは、やっぱり多くの人にそれを見てもらえるテレビがいいですね。

多くの人に見てもらいたいというモチベーションは、VJや卒業制作をしている頃からずっとブレていませんね。今日はとても貴重なお話をありがとうございます!

 

卒業年度・学科
2023年
プロダクトデザイン学科 卒業
出身高校
國學院大學栃木高校
プロフィール
2023年、TBSスパークルに入社。モーショングラフィックやCG、XRコンテンツを中心に新規技術の開発に携わる。劇場版『トリリオンゲーム』や映画『平場の月』『#真相をお話します』の紹介番組など、TBSで放送する特番の制作も担当。

作品

picture

某番組リニューアルの際、スタジオの制作を担当。 スタジオのセットを大きな4面のモニターで構成し、 それぞれ違う映像を同時に出力することで、番組の ダイナミックさを演出することができました。 ※本画像は制作の土台となるデータです。

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