Interview #2 京都芸術大学 学長 佐藤 卓
- Interview
デザイナーである学長がやるべきこと、それはブランディングだと思った。
2025年4月、京都芸術大学の新たな学長に就任したグラフィックデザイナー・佐藤卓。彼はなぜこの大学の学長になることを決意したのか?そして彼が仕掛ける“新たな改革”とは?
2010 年に佐藤氏が寄贈した自身の作品《猫の傘》は高さ8メートルの大作。これは2007〜2008年に21_21 DESIGN SIGHTの「water」展に展示された「猫の視点からみた傘」のオブジェ。
佐藤さんはなぜ京都芸術大学の学長を引き受けようと思ったのですか? 就任までの経緯を教えて下さい。
まず、自分がどこかの大学の学長になるなんて、今まで考えたこともありませんでした。ただ京都芸術大学にはご縁があって、大階段を上ったところにある巨大な青い傘の作品を引き取っていただいたのが2010年。その頃、こちらの先生から呼ばれて単発での授業を担当したこともありました。2013年には学園のシンボルマークを作りたいとご依頼もいただいて。その時、打ち合わせに来られたのが、今の理事長でした。実はその後も現場の先生にと、オファーをいただいたことが何度かあったのですが、物理的に無理だったので、その頃はお断りしていました。初めて学長就任依頼の話を聞いたのは3年半ぐらい前だったと記憶しています。その時は「え? 今なんておっしゃいましたか?」と聞き返すほど驚きました。でも、以前とは異なり自分の気持ちが少し動いた感覚は覚えています。京都芸術大学はすごく面白い大学だという印象はあったし、普段私が面白いと思っているクリエイターが京都芸術大学で教鞭を執っていることも知っていました。ふと京都の文化に触れる良い機会かもしれない、というポジティブなスイッチが入り、思い切ってお引き受けすることにしました。私は昔から何でも一度はやってみるという姿勢で取り組んできました。

学長に就任して一年が経ちましたが、現在大学をどのように改革されていますか?
最初の一年間は現場の先生方、職員の方々に、何回にも分けて学園の話をヒアリングしました。この姿勢はデザインの仕事と同じです。大学も、まずは環境理解から始めるべきだと思ったからです。そして、今の学園にはブランディングという考え方が必要なのではないかと思えてきたのです。デザイナーである私が学長として何をやるべきか。まずはブランディングだと思ったんです。そこで今、着手しているのが学園のCI(コーポレート・アイデンティティー)です。大学の愛称としてKUAというロゴを打ち立てました。KUA(クア)というのは、京都芸術大学の欧文の頭文字を集約したものですが、実は大学のドメインにも一部で使用されていて、学園に馴染みがある呼び名でした。これをロゴ化してもっと視覚的なアイデンティティーを強められないかと考えたんです。2013年に私が手掛けた水滴のシンボルマークは「最後の形を自然に委ねる」という学園の理念を形にしたものでした。けれど小さくするとただの丸に見えてしまうなど、課題もありました。そこで今回は、マークとロゴをセットにし、ガイドラインを整備し、世界に向けて発信できる新しいアイデンティティーとして再構築しました。ロゴになれば「クア」と発音できるので、これで世間と大学の共通言語ができ、呼びやすくなるから、いろんな人に大学をもっと身近な存在として感じてもらえるはずだと思ったのです。実はこのロゴ、Uの字の底には高台が付いていて、器の形になっています。大学は器なのです。真ん中に器があるロゴ、大学はいい器であるべきだという想いをここに込めました。

他校にはない、本校の魅力は何だとお考えですか?
芸術教育の新しい可能性を切り開いているということです。卒業式や入学式に出席すると、保育園のこども芸術大学にはお子さんがいる。保護者の方が関わることもある。通信教育課程には私よりも人生の経験を重ねてこられた90歳に近い方がいらっしゃる。その光景は本当に素晴らしく、素敵でした。特にこの学園では1998年に通信教育課程をいち早くスタートさせていて、“いつでも、どこでも、誰でも、いつまでも”という考え方で、芸術を学びたい人に広く門戸が開かれています。今、世間では通学だけに頼らない子供の学びや、大人のリスキリングや学び直しが注目されていますが、どんな人でも“学びたい”と願う気持ちは純粋で尊いもの。この学園は間違いなくその気持ちを大切にしていると思います。
PROFILE
Taku Satoh
さとう・たく/1979年東京藝術大学デザイン科卒業、81年同大学院修了。株式会社電通を経て、84年独立。株式会社TSDO代表。
商品パッケージやポスターなどのグラフィックデザインの他、施設のロゴや商品のブランディング、企業のCIなどを中心に活動中。